結標「私は結標淡希。記憶喪失です」
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785: ◆ZS3MUpa49nlt[saga]
2022/01/16(日) 00:02:32.35 ID:PU+Tw3fzo


 海原光貴は少年院を出て、街の中の歩道を歩いていた。
 息を荒げながら、ふらふらとした足取りで、今にでも倒れそうな状態だ。
 右腕にはノコギリで削り取ったような切り傷があり、着用している白い制服を赤く濡らしていた。

 そんな彼の背中には一人の少女がいた。
 くせ毛がかった黒髪、浅黒い肌色の皮膚、堀の深い顔立ち。
 どこかの学校の制服である、赤いセーラー服を着ている。
 ショチトル。暗部組織『メンバー』の構成員の一人であり、海原が以前いた組織で一緒に居た、同僚であり師弟関係にあった少女だった。

 海原とショチトルはさきほどまで少年院に居て、そこで交戦していた。
 結果は見ての通り、海原が勝利した。
 
 つまらない結末だった、と海原は思う。

 ショチトルは魔術師の一人だ。しかし、彼女は組織の中では非戦闘員という立場であったはずだ。
 そんな彼女が海原を圧倒できるほどの力を振るい、追い詰めることができたのは理由があった。

 魔道書の『原典』、『暦石』を皮膚の内側に記すことで、ショチトルは足りない力量を補っていた。

 それは諸刃の剣の行為だった。だから、すぐに破綻した。海原との交戦中に限界を迎えるという形で。
 戦闘中にショチトルから聞いたことだが、彼女も組織で海原と同様に裏切り者の烙印を押されているらしい。
 その処分として魔導書の力を使う『兵器』として、海原の元へ送り込まれた。まるで使い捨ての銃弾を撃つかのように。

 つまり、ショチトルはここで死亡するはずだった。しかし、現に彼女は生きている。
 限界を迎え、体がバラバラになっていくショチトルを見たとき、海原は思った。


 『彼女をこんなつまらないことで死なせるわけにはいかない。死んでいいわけがない』と。


 だから、海原は彼女を救った。
 正確に言うなら彼の力ではなく、魔導書の『原典』の力で。
 『原典』はその知識を欲する者に対しては力を貸してくれるという傾向があった。
 そこで海原は『原典』を騙すことによって、力を行使させた。

 『前の所有者』であるショチトルが死亡すれば、『次の所有者』になる海原光貴への『原典』の引き継ぎが行えなくなる。

 そう『原典』に思い込ませることにより、ショチトルを救い出すことが出来た。
 救い出したと言っても、かろうじて生き延びさせることが出来たと言ったほうがいいか。
 彼女は肉体の三分の二を引き換えに『原典』の力を手にしていた。そのため、今の彼女の肉体は三分の一だけしか残っていないということになる。
 そんな状態で生きていくことは不可能だ。肉体がなければ生命維持に必要な内臓を保持することができないのだから。
 そこで、『原典』はショチトルを生存させるために擬似的な身体を作り出して、彼女のその三分の二を埋めた。
 ただそれは上から肉を巻き直したようなものなため、きっとこれからの日常生活に支障が出てくることだろう。


海原「ッ………」


 海原は頭を軽く押さえながら、表情を歪ませた。

 ショチトルから『原典』の所有権が消えた。つまり、今『原典』を所有しているのは海原だ。
 彼の頭の中には膨大な知識が流れ込んでいた。それは人が記憶していいものではないとわかる。
 脳みその皺一本一本に砂鉄を擦り込まれたような頭痛を感じ、気を抜けば全身に痛覚が走るからだ。
 『原典』は毒物とはよく言ったものだ、と海原は苦笑いしながらそう思った。

 そんな状態で海原はショチトルを連れ、街の中を歩く。
 先ほどの仲間からの連絡からすれば、『グループ』の任務は既に完了した。
 本当ならこれから後始末やら何やらいろいろやることがあるのだが、今はショチトルのことのほうが心配だ。
 あとでグチグチとサボったことについて小言を言われるだろうな、と考えながらも、いつも真面目にグループの活動に取り組んでいるのだから今日くらい許して欲しい、と海原は素直にそう思った。


 背中にいる少女を救うために、海原光貴は闇夜の街へと消えていった。


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