51:名無しNIPPER
2021/11/27(土) 22:26:40.91 ID:u50g9+A20
  
  
  でもそれは、ひとまず脇に置いておいて。 
  
  
  
 「文香、最近頑張ってるみたいじゃない?」 
  
 「えっ?」 
  
  
 「フレちゃんが言ってたよ。文香、とっても頑張ってるって。ライブに向けてのレッスンを」 
  
 「……それは」 
  
  
  文香はどうしてか気まずそうに髪の毛に触る。 
  
  やはり、文香はまだ、その話題を私の前でしづらいようだ。私は気にしていないのに。 
  
  そんな優しさがいじらしく思えて、私は口元を釣り上げた。 
  
  
 「いいじゃない。頑張ってるのは。私だって、ソロがないからって手を抜いてるつもりはないし。ただ、文香がちょっと頑張りすぎてるって話もあるけど」 
  
 「……」 
  
  文香は答えないで、ストローを加えた。コップを持った手に、結露した水滴が一筋、流れて落ちた。 
  
  
 「頑張りたい気持ちはわかるよ。せっかくのライブだもの。でも、無理をしすぎるのもよくないんじゃないかな」 
  
  
  文香は、すぐに答えなかった。黒く濁ったコップの中に目を落としたまま、長い髪がスダレのように文香の感情を隠していた。 
  
  
 「……そうは、いかないんです」 
  
 「どうしてなの?」 
  
  
  
 「……そうは、いかないからです」 
  
  
  まったくもって答えになっていなかった。 
  
  要領を得ない言葉で返すのは、あまり文香らしくない。私は戸惑いながらも、様子をうかがった。 
  
  文香は、まだなにかを言う気のようで、両手の指を重ねて動かしながら言葉を編んでいた。 
  
  
  
  
  
 「私は……主役になりたいんです」 
  
  
  
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