350:1(本編)[sage saga]
2011/03/17(木) 16:09:34.87 ID:fMe3wtcAo
長い夜がついに明け方へと一歩踏み出し、夜空にかすかな白みがかかり始める。
ここは天然の温泉、異種族たちがにぎわう活火山・バーニングブラッド。
もくもくと立ち上ぼる湯煙から離れたところでは、鮮やかな月の光が惜しみなく地上へ降り注いでいた。
その光が届かない、岩々に囲まれた小路。
しかし溶岩の線が岩壁に浮き出ているおかげでほんのり明るい。何とも幻想的な自然美だ。
――そこを軽やかな音を立て、脱兎のごとく炎のケモノが駆け抜けた。
その口には暴れ回る小さなコウモリをくわえて。ダルクの無二の使い魔・ディーである。
続いてケモノを追う人影が一つ。固い土砂を鈍重に踏む音が周囲にこだまする。
先のケモノに自身の使い魔を奪われた少年、ダルクだった。早くも玉汗を垂らしながら息を切らしている。
魔法使い族である彼はもともと身体能力には乏しく、疾走するケモノなどとても追いつけるはずがなかった。
しかしながら、あの尻尾に火の玉を宿したケモノは、いつも見失ってしまうギリギリのところでダルクの視界にいた。
あのスピードならダルクを撒くことなどたやすいはずなのに、いちいち足を止めてこちらを確認しているのだろうか。
(やはり誘っている)
しかしこちらとしてはありがたい。
たとえ罠が待ち構えていようとも見失ってしまえばそれまで、慣れない地での自力解決は一気に難しくなる。
だが救出は困難だとしても、ディーは長年自分と生活を共にしてきた相棒だ。
何より賢く従順で主人の言いつけはよく守る。
まさに今のような緊急時や主人と離れた場合の行動も念入りに指示してあり、こういう事態の対策は万全だ。
それにケモノの立場から考えてみても、本命は自分を誘い出すこと。
ディーがただ誘い水として利用されただけなら、まだ助かる見込みは十分ある。
だがそれは自分が走らなくていい理由にはならない。
自分の使い魔がさらわれて走らないマスターがどこにいる。
一時の楽観のせいで一生ものの後悔を引きずるなんてごめんだ。
ダルクは額に垂れてくる玉汗を袖でぬぐい直すと、ペースを増してケモノの影を追った。
「――!」
と。不自然な急勾配をのぼりきったそのとき、いきなり下方向に視界が開けた。
やけにだだっぴろい広場。
しかし今までの岩石地帯とはあからさまに雰囲気が違う。
そしてすぐさまその中心部、赤い光に目がいく。
間違いない、ディーをさらったケモノだ!
『お、おい、大丈夫か!』
な、なんだ? ケモノがいる辺りから人の声がする。
距離が遠すぎてよく見えないが、炎のケモノのそばに誰かが寄り添っている……?
いや、とにかくディーは無事なんだろうか。全てはディーの安否を確かめてからだ。
ダルクは荒い呼吸を整えながら、小走りに広場の中央へ向かった。
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