486:1[sage saga]
2011/05/13(金) 16:12:29.50 ID:7lFnSfMFo
月が昇った。
ダルクは立った。
昨昼はウィンを寝かせていたベッドにはついに入れなかった。
自分の家のベッドなのだから何も気後れすることはないが、ダルクは基本的に異性に対して免疫がない。
女の子が眠っていた空間に自分の身体を重ね合わす、なんてことを考えてしまったらもうダルクには無理だった。
それに実際問題、ウィンの残り香が満ちているであろう布団で安眠できるわけがない。
悶々とわきあがる色めかしい思考と、硬い理性からなる首振り。激しい葛藤。
結局悩んだ末、テーブルのイスを並べて簡易ベッドを作り、コートを毛布にバッグを枕に眠った。
これが快眠だった。
おそらくは温泉に浸かったおかげで、目覚めたときには体力も魔力もすっきり全快していた。
コンディションがすこぶる好調だったので、早々に支度を整え、意気揚々と家を発ったのだった。
ダルクの家がある林を東に抜け、さらに道なりに直進すると民家がちらほら見え始める。
夜中なので外を出入りする人影もなく、虫の鳴き声が一帯を支配するほどの寝静まった人里だ。
しかし暗がりの中でときおり目にする、馬鹿みたいに目立った窓明かりが、確かな人の気配を感じさせた。
同時にそれはダルクを緊張、高揚させる。
外の世界の見知らぬ人々が、今まさにあの家の中にいるのだ。
窓のほとんどはカーテンで仕切られ、(もとよりその気はないが)家の内部までは覗き見できない。
いったいどんな住人が暮らしているのだろう。ヒトだろうか。獣人だろうか。はたまたゴブリンだろうか――。
周囲にはいわゆる田舎風景が広がっていた。
たくさんの穂波が踊るように揺れ、清らかな小川が絶え間なくせせらいでいる。
夜半の暗さは変わらないものの、自分が育った闇の世界では決して見られない新鮮な風景。
町まではその実1、2時間もの長距離徒歩だったが、杖をつく一歩一歩が楽しいおかげで疲れらしい疲れも溜まらなかった。
郊外をつっきると、露骨に家が密集し始めてくる。
また涼やかな風に乗って、自然のものではない新しいにおいが鼻をついてきた。
虫たちの盛大な斉唱に代わり、上塗りされた静寂と小さな喧騒が耳に入ってくるようになる。
やがて地面にぽつぽつ、次第にぎっしりとレンガが敷き詰めらるようになり、これまでとは完全に足音も変わる。
ここまできたところで、ようやくダルクは足を止めた。
気がつけば町に着いているようだった。
門などもなく、郊外と町との境界があいまいなおかげで、知らず知らずのうちに街角に入っていたらしい。
「これが町か……」
ダルクは改めて周囲を見渡した。改めて建物の多さに驚く。
地面はレンガ造りの畳。左右には、行く先々まで立ち並んでいる木造建築の家々。
さらにその家の一つ一つは華やかに装飾され、植木や花壇までちらほら見受けられた。昼間の賑わいが目に浮かぶよう。
闇の世界の町と比べて格段に歩きやすく、不気味な物音も異臭もない。
規模も一見する限りでは非常に大きく、かつ清潔で気品を感じられた。
これら目に移る景観のすべてが、ダルクを感嘆させたのは間違いなかった。間違いないのだが。
「……これが町か」
ダルクはいくばくかの落胆を隠せなかった。
外の世界の住人が日中に活動することは知っていたが、それでも相応の活気を期待していた。
例え夜中でも人通りがないことはないだろう、夜の住人ならではの賑わいはあるだろう、と。
――ここまで静まり返っているとは思わなかった。これが普通なのだろうか。
見たところ店はすべて閉まっているようだが、果たして自分は買い物ができるのだろうか。
ダルクは不安を抱えつつも、文字通り暗中模索を始めた。
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