865:SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]
2011/12/19(月) 21:06:54.66 ID:Y4GR3SKmo
>>109
「好きです」
え。間抜けにも俺は聞き返していた。真夏の早朝、校舎裏。後ろを振りかえった格好で。
告白。その言葉に思い至ったのは数秒後。それでも俺は訳が分からずに声の主を見つめた。
しばらく間を開けて、彼女はもう一度言った。
「好きです……!」
訳が分からないのは相変わらずだったが、きっぱりと言い切るその潔さはとても眩しいと。そう思った。
時間は少し前にさかのぼる。
俺たち陸上部の面々は、朝のトレーニングを終えてグラウンドを歩いていた。
「あっちぃな」
一人がそう言って、数人の同意の声が上がる。
俺も汗でぐっしょりと濡れたトレーニングウェアの首元を開いて空気を送り込んでいた。
「さっさといって飲みもん買おうぜ!」
また誰かから声が上がり、俺ともう一人をおいて全員が駆けていく。
「お前も行かなくていいの?」
俺は後ろを歩く後輩に声をかけた。彼女は笑って「平気です」と答えた。
うちの学校はグラウンドから校舎までが長い。歩きながら後輩としばらく話した。
それぞれの近況、効果的なトレーニングについて、それから――
「もうそろそろ大会だな。調子はどう?」
「上々です」
優秀な彼女だ。今年もまた良い結果を残すだろう。
「先輩は、どうです?」
「……ぼちぼちかな」
俺は前を向いたまま、自分の脚に意識を移した。かつてはインハイのトラックを駆けていた脚。
何か重いものが胸に生まれた。たぶん、今年も駄目だろう。
「今年で最後か……」
つぶやくと、後輩の視線を背中に感じた。
校舎裏に差し掛かる。その間、会話は一時途切れていた。
「好きです」
その沈黙を貫いて、唐突に後輩の声が背中を叩いた。
足を止めて、もう一度「好きです」と繰り返した彼女は、泣きそうな顔でこちらを見つめた。
「大丈夫ですよ、先輩。今度こそインハイに行けますから」
その瞳が揺れている。彼女が言いたいことをようやく悟って、俺は視線を自分の脚に下ろした。
去年、事故にあって傷んだ脚。もうろくに走れない過去の栄光の残滓。
「いえ、インハイに行けなくても。わたし、走ってる先輩が好きなんです。だから」
そう言って、彼女はうつむいた。
俺はしばらく黙って考えていた。
もう風になれないと知って泣いた夜のこと、今度の大会をもって陸上競技を自分の人生から捨て去ろうと決めた朝のこと。
考えて。俺は手を伸ばした。
「あ……」
声を漏らす後輩の頭をくしゃくしゃと撫でて、俺は無理やり笑顔を作った。
「行こう」
後輩の目から涙があふれた。
「アクエリアスおごってやるよ」
風が吹いた。二人の間を駆け抜けた。
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