過去ログ - お題を安価で受けてSSスレ
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935:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2012/05/14(月) 14:12:16.85 ID:FCEbJPeuo
>>110

 春のうららかな日差しが、ビルに挟まれた広いストリートに降り注いでいた。まだ日が昇って二時間ほどだが、これから暖かくなるであろう気配を漂わせている。
 街路の木々は風に葉を揺らし、小さなささめきを生んでいた。
 そして日に照らされてゆっくりと温度を上げるアスファルト。その上を駆け抜ける一人の男がいる。
「くそ……いそがねえと!」
 彼は小さく悪態をつき、速度を上げた。

 既に額からは汗が吹き出し、必死の形相で走り続けている。
 真っ直ぐ続く街路。メインストリートの舗装を蹴り剥がす勢いで疾走する。
 と。二十歩ほど先の角から、一人の女性が姿を現した。
 男は気づいて速度を緩める。女性はメインストリートの真ん中まで歩き、男の前に立ちふさがった。

「おはようございます、旦那さま」
 メイド服姿のその女性が優雅に一礼する。男は完全に立ち止まると、朝の挨拶に応えることなく彼女に対して構えを取った。
「っかしいな。確かに悟られずに出たはずだったんだが」
「あの方の命令ならば、どんな瑣末なことでも見逃すことはいたしません」
 彼女はくすくすと笑う。
「旦那さまを止めよ、とのことです」
「邪魔はするなよ。俺が魔術省勤務の執行官だって知らないわけじゃないだろう?」
「ええ、これ以上なく存じ上げております。ですが」
 笑みにほそまった目の奥の眼光が、表情はそのままに鋭く尖った。
「あの方の命令は絶対です」

 男は舌打ちすると、一つ二つのことを頭の中で転がした。
 すなわち、時間がないということ、そのために衝突を避ける方法はないかということ、そして――
 もし時間に間に合わなければ死ぬよりもつらい苦行が待っているということ
 男は数秒を置いて。戦いのために飛びだした。

「ふッ!」
 飛びだした勢いのまま男は拳を突き出す。
 牽制の一手だが、避けるために道が開ければよし、開かずに受け止められればそれは次の一手に結びつくという一撃だった。
 メイドは案の定姿勢を下げると受け止めてみせた。男は次の一撃を叩き込もうとし――飛び退いた。
 
 一瞬前まで男の首があったいちを何かが飛び去った。風切音だけを残したそれは、恐らく吹き矢の類だろう。
 目だけを動かし飛んできた方向を見やると、黒服の男たちが数人、固まってめいめいに飛び道具を構えていた。
「金剛石壁!」
 叫び、地面に手をつくと、地中の鉱物が凝縮してできた壁が立ち上がり飛んできた凶器らを防いだ。

 が、気は抜かずに地面を転がる。追ってきていたメイドの一撃が空を切った。
 すばやく立ち上がって低く蹴りを放つ。踏み込んできていたメイドの足を捉えてその動きを潰した。
 メイドが動揺する。動揺したならば、技が鈍る。鈍れば次の一撃は防げない。
 鋭く呼気を吐き、両手を突き出す。メイドの腹部に手の平が埋まりその身体を弾き飛ばした。

「くっ!」
「へっ、ざまあ!」
 言って倒れた彼女の脇を駆け抜ける。
 しかしメイドはまだ諦めていなかった。
「させません!」
 叫びと共に街路樹が振動を始めた。そして間をおかず、見える範囲にあるそれらが、めいめいの場所からすっぽ抜けた。
 空中に浮かんだ木々は走る男の先に飛び、集まると、またたく間に巨人の姿を取った。
「樹人! その人を止めなさい!」

 一拍置いて――樹人とやらは動きが鈍かった――樹人が拳を振り上げる。ただ、避けるのは難しくない。
 しかし。男は真っ向からその軌道に飛び込んだ。
「はっ! お前の本気か。懐かしいな!」
 彼女が本気ならば、こちらも本気でそれにこたえなければならない。男はそう決めた。
 樹人の拳が勢いよく振り下ろされた。男はだが足を止めない。代わりに口を開いた。
「金剛石刃!」
 途端、男の掲げた手の先に、不可視の力場が生じる。ただ、不可視とはいえ、光の屈折により、ぼんやりとそれは見えなくもない。
 ダイアモンドの刃。そう見えた。

「はッ!」
 一閃。轟音が響く。地面も少しは揺れたかもしれない。
 樹人が裂けて、断片が地面に降り注いだ。
 呆然とするメイドたちを尻目に、男は疾走を再開する。
「悪いなこっちは急ぐんだ! なにしろ爆安缶詰市が俺を待っているんでな!」
 叫んで角を曲がる。
 そうだ。自分は急がなければならない。これを逃せばメイドの言うあの方――彼の妻が作る殺人料理を口にしなければならないのだ。
(少しは上達しろよな……)
 彼はため息をつくと、食糧確保に向けて驀進した。



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