968:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2012/06/20(水) 22:04:23.90 ID:+wZZqilqo
>>537
出社時に通る道の角っこに小鳥屋がある。あまり大きくもない店。表にはオウムの籠が出ていて、
「オハヨウ」
とか、
「イラッシャイマッシー」などとあの特徴的な声で客引きをしている。
通りすがりに横目で見やると、首をかしげ、くりくりした目で見上げてきた。
「オハヨウ?」
ある休日の昼下がり、俺はなんとはなしにその店に足を踏み入れた。
小奇麗でさっぱりしていて、思ったより動物的な臭いはしてこない。ただ、客の気配はなく、繁盛しているようには見えなかった。
中は入口から真っ直ぐに狭い通路が伸びていて――というほど長い通路でもないが――、その両脇に鳥かごが高く積まれている。
奥は座敷のようになっていて、暗く、しかし誰かがいる気配がした。
ところで俺は、特にペットが欲しくてここに踏み入れたわけではなかった。
過去に家で猫を飼っていたことはあるのだが、俺は特に世話をした覚えもないし、猫の方も俺には懐かなかった。
ならばなぜここを訪れたかというと……いや特に理由はないのだが。
それでもしいて言うならば、なんとなくの親近感だろうか。籠の中で必死にさえずる小鳥たちは、会社という籠で必死こいてる自分たちによく似ている。
小鳥たちは、思ったよりうるさくはなかった。穏やかに、ひそひそ話すように鳴いている。
怪しい来訪者を目にして何事かを囁き合っているのだろうか。俺はふと居心地悪さを覚えた。
「あ、いらっしゃいませえ」
その時、奥の方から声がした。軽い足音がして、声の主が顔を出す。
その女性は俺を見ると、軽く微笑んでこう言った。
「わあ、久しぶりのお客さんだ」
俺の心がピョンと跳ねた。
……
「いらっしゃいませー、って君か」
彼女が俺の顔を見て笑った。
あれから数週間。俺は時たまこの小鳥屋に顔を出すようになっていた。
「どの子にするかは決まったの?」
「いや、まだ」
端的に言おう。俺は彼女に恋をした。あの日、一目見たときからだ。
こんなに綺麗な人が出社の通り道に住んでいたことに気づかなかったのはちょっとした驚きだった。
幸せの青い鳥はすぐ近くにいるとはよく言ったものだけれど。
俺は小鳥たちを眺める体を装って、彼女を横目で盗み見た。
「ほらスティーブ、元気ぃ?」
彼女は座敷に座って、メジロを籠から出して構ってやっていた。
その姿はなんだかとても優しくて、俺はそれを見ているだけで幸せな気分になれたのだ。
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