969:つづき[saga]
2012/06/20(水) 22:06:09.01 ID:+wZZqilqo
「あの、美紀さん」
時は過ぎて、初対面からもう一ヶ月。俺は彼女と正座で向き合っていた。
「なに?」
俺の真剣な目に、彼女はだがいつもの優しげな笑みで応じた。これから言うことに緊張していたおれは、それにいくらか救われる心地がした。
「俺、どの子をもらうか決めました」
「あら、ホント?」
俺は一度、気づかれないように深呼吸し、唾を呑んだ。そしてゆっくりと首肯する。
「どの子?」
俺は、意気地無しだった。小中高と挑戦という言葉と無縁に生き、面倒事から逃げて生きてきた。
空を飛ぶことに恐怖を覚え、挙句の果てに籠におさまった哀れな小鳥だ。
だが、それも今日で終わりにする。
「その子は、ですね。とても明るくて、優しい子です」
一言一言、区切るように言った。
「この店をたった一人で盛りたてて、一生懸命やっている子です。とても綺麗で、可愛くて、実は一目見たときから好きでした」
「そんなに……」
彼女は目を丸くして口に手を当てた。それに合わせて俺は勢いよく頭を下げた。
「だからお願いします。僕に――」
「分かりました」
彼女の声は決然と響いた。俺はゆっくりと顔を上げた。彼女の笑みと目があった。
「よろしくお願いしますね」
……
「オハヨウ!」
手に提げた籠のオウムが元気よく言う。俺は脱力してしまって、それに反応すらできない。
「なんでこうなる……」
俺は先ほどの顛末を思い出した。
『あなたのお気持ち分かりました』
いつもと違い、丁寧な言葉で彼女は言った。俺は心臓が歓喜に跳ねるのを聞いた。
『思えばあなたはずっとこの店に来ていましたが、心は初めから決まっていたようでしたね』
俺はうなずいた。
『そんなあなたにならあの子を任せられます』
俺はまた頷きかけて――首をかしげた。あの子?
『ピーちゃんはちょっとやんちゃですが、いい子ですから可愛がって上げてくださいね』
ちょっと待った、ピーちゃんて……
『この店の看板娘、オウムのピーちゃんですよ』
「はぁ……」
なんだかとてつもないすれ違いをしてしまった。高鳴っていた鼓動も、今は平常運転を越えて運休を申し立てている。
俯くと、ピーちゃんと目があった。
「ガンバレ!」
「はは……」
力なく笑う。まあ、その通りだ。まだチャンスはある。俺の意志が続く限り。
でもとりあえずは籠を置くために部屋を片付けなきゃな。考えながら、帰路についた。
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