28:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2011/01/19(水) 20:37:37.06 ID:IClwZiHj0
「古泉!」
非難の意味を込めて少年の名前を呼ぶ。しかし、ソイツは無言で足元を見ていた。その視線の先には物言わぬ屍が転がっている、はずだった。
だが、俺の予想はここでも外れる。「それ」は口を聞いた。最早物言わぬはずの「それ」は、物を言った。
「銃はいけません。銃ではいけません。それでは美しくないでしょう。そうは思いませんか、『優しい嘘』?」
顔の真ん中に銃口は突き付けられていた。それはブレず狙いが外れた訳でもない。そして、火薬の爆発する音がした。これだけの条件が揃っていて普通、人間は生きていない。普通は。
俺の中の常識を照らし合わせて、撃ち出された弾丸を食い止める術なんてそんなものはない。
その美女は、けれど汚らしい裏路地でウェディングドレスを着ていても周りの景色をすら背景として取り込んでしまうような、非常識。
普通は生きていられないけれど女は普通ではない。
異常者。
「私を彩るつもりならば、どうかイリア姉さまと同じようにやって下さいまし」
そう言って、美女は唇から真赤な舌を取り出す。その上にはまるでシロップ漬けのブラッドチェリーのように、弾丸が乗っていた。
「まさか……奥歯で『喰』い止めたとでも言うのですか!?」
古泉の顔に浮かぶ一瞬の動揺。そりゃそうだ。そんなモン想像の範疇外、人間技では有り得ない。至近距離で放たれた弾丸を歯で噛み、更に止めるなんて……まるで、化け物だ。
ウェディングドレスを着て、左手に剣を携えた女殺人鬼。都市伝説であったとしても嘘臭過ぎてけっして噂にはならないだろうに。
事実は小説よりも、奇なり怪なり。
「これは、お返しします」
スイカの種を飛ばすのと大差無く見えた、たったそんだけの所作でも超能力者の右肩に真赤な華を咲かせるのには十分だった。
少年の手から、拳銃が取り落とされる。思わず俺は叫んでいた。
「古泉!」
ウェディングドレスの上からバックステップで距離を取り、しかし俺たちの方へは決して近寄らずに古泉は右肩を押さえる。指先からはぽたりぽたりと赤い滴が落ち続けて。それがやけに鮮やかな色をしていたから、こんな事は全て夢だと現実逃避する事すら俺には許されない。
「しくじりました……格好悪いですね、僕」
こちらをちらりと横目で見て、そして薄笑いを浮かべる少年。その笑顔に俺は血の気が引いた。なぜ、ここで笑えるんだよお前は?
格好悪いとか格好良いとかそういうのを気にしていられる状況じゃねえだろうが!
「……きゅうっ」
可愛らしい鳴き声が隣で聞こえ慌てて古泉から視線を移せば、そこでは朝比奈さんの上体が今にも地面に後ろから倒れこむ所だった。間一髪俺の手は間に合って少女の後頭部に大きなたんこぶを作ってしまう事態だけは回避する。
顔を覗き込めば、まあ分かっていた事だが余りの展開に意識を手放し、未来人少女は可愛らしい眠り姫モードである。
……スリーピングビューティ、ってか。だが、起こすのはどうにも気が引けた。
「格好悪いとかそんな馬鹿な事言ってんじゃねえ、古泉! こんな化け物相手にしてられるか!」
「化け物? ……イリア、姉、さま?」
赤神オデットの首がぐるりとこちらを振り返る。その顔には爛々と、無表情の中で眼だけが憎悪と歪んだ愛情に満たされていた。
それが、こっちを見ている。こっち見んなよ……チクショウ、直視出来ねえ……。
「おやおや、随分嫌われましたね赤神オデットさん。いえ、赤神イリアの幻想を追い求めるだけの殺戮貴婦人……『心中強要(ハネムーンストーン)』。どうなさいます?」
古泉が嘲笑う。赤く濡れた肩口を押さえたままの、その額には玉のような汗がぽつぽつと浮かび上がり街灯の明りを反射していた。
その光は俺に分かり易く少年の現状を教えてくれている。
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