過去ログ - 上条「精神感応性物質変換能力?」
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35:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]
2011/03/02(水) 01:57:48.13 ID:n9h629k6o
八月十五日 二十一時 第一七学区 操車場
欠損した左脚からの失血が致死レベルに達することを確認し、加えて移動能力の減衰により、
有効な延命の可能性が失われたと判断した時点で、九九八二号の『実験』は終了した。
『実験』の二〇〇〇〇分の一を担った彼女が受け取る対価は、死の瞬間までの自由。
九九八二号に死への恐怖や、生存への渇望というものはない。単価十八万円の実験用検体と
して使用され廃棄される、量産されたヒトの模造品であることに疑問を抱く余地がない。彼女
は自分の命に十八万円以上の価値がないことを知っている。
だからこそ、
九九八二号は最初にして最後となるだろう行動の選択を、逡巡なく選択し、実行に移った。
大量の出血を続ける左大腿部への意識を遮断する。痛覚の絶叫を切り捨てる。聴覚を放棄し、
視野を狭める。余計なものは視野の外へ流し、たった一つの価値あるものを捉え、求める。
それは暴走した雷撃が弾いて落としてしまった、カエルの絵のついたバッジ。
地面を掴んで這い、進む。砂利に血の轍を残し、手を伸ばす。一本になった脚で地面を蹴り、
顔を上げる。赤く染まる視界、震える指が姉からの贈り物に触れる。今日の、かけがえない思
い出と共に薄い胸に抱いて、彼女は最期を受け入れる。
――いいからジっとしてなさい
――うん! 鏡で見るより分かりやすいし、客観視できるわね
――こうして見ると結構アリって気も……
自分の次の者が、回収されたこれをつけた姿を想像してみる。今日の情報は共有されている
のだから、このバッジは羨望の的になるだろう。カエルのバッジをつけた誰かを見て、姉は喜
んでくれるだろうか。だとしたら、それはとてもいいことかも知れない。
しかしその想像は実現しない。
『実験』の被験者が線路からぶん投げた、重さ数十トンの保守用車両が九九八二号の頭上に
迫っており、まもなくその車重が彼女もろとも、バッジを復元不能なまでに破壊するから――
――ではない。現実は常に、想像の少し斜め上を行く。
ドゴッシャアァ、と落下した保守用車両は果たして、九九八二号を押し潰しはしなかった。
白髪の被験者の計算したところに落ちなかったからだ。正面に特大の凹みをつけた数十トンの
鉄塊は、九九八二号の後方二〇メートルの地点に突き刺さっている。
「何も、死ぬことはねえよな。こんなところでよ」
思い出と宝物を抱き締めた少女が、正面からの声に反応して目を開けた。失血によりおぼろ
げな視界には、ぼんやりとした輪郭しか捉えられないが、それが何故だか頼もしく見える。
(……何だろう……金色……たてがみ……尻尾……後ろ足で立った……ライオン……?)
ショータイムを台なしにされた白髪の被験者が、癇癪を爆発させる。
「ンだァッ? テメェは! こンなところで何してくれちゃってンのォ? アレかァ? 助け
に来ましたってェか、ソイツをォ? っつうかオマエ、ナニその格好、コスプレ会場から飛ン
で来たってか? ここはテメェなンぞが――」
「うるせえ黙れ。俺はいま虫の居所が悪いんだよ」
その男は白髪の方を見もせずにそう吐き捨てると、今にも倒れ込みそうな少女を抱き上げ、
その耳許に一言囁いてから、左手で少女の大腿部を強く掴む。苦痛を吐き出す小さな音、しか
し声は漏れない。その力も、もう残っていないのだろう。
「オイ、テメェこの俺を誰だと――」
そのまま、白髪の横を素通りして、投げ棄てられた少女の左脚を拾う。そこで初めて白髪に
向き直り、一方的に宣言する。
「時間がねえ。お前の相手は今度、徹底的にやってやっから。いまはこれでも喰らってな!」
少女の右脚を掴んだ男の右手、その甲にある円形のシャッターが開き、そこから黄金の旋風
が放出される。力と意志を持ったその風は爆発的に広がり、白髪の少年に襲いかかった。
「ハッ、この俺相手に『能力』で攻撃たァ、イイ度胸だ。ンなモンまとめてテメェにお返――」
しかしその台詞は旋風を放った男には届かない。第一に、男はすでに操車場を後にしていた
から。そして第二に、切った啖呵と共に白髪の少年が、風に巻かれてブッ飛んだから。
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