162:まるで幻のよう9 ◆hwowIh89qo
2011/09/09(金) 21:15:21.03 ID:uH8thC/k0
「……驚いた。行動力はあるんだから」
「悪いな。不器用だからこういうことしかできん」
俺は秋川のように繊細でもなければ冬森のように素直でもない。
あの二人のような恋仲なんぞ、望むべくもない。春野が俺を求めるというのならば、俺はそれに応えてやるだけだ。
少しでも俺が欲を出してしまえば、恐らくそれは性欲と征服欲に彩られてしまうだろう。
自制は出来る方だと思ってはいるが、何の拍子でタガが外れてしまうかは解らない。
それだけ、春野という一人の少女は魅力的だ。だからこそ、俺の手で壊してしまうようなことはあってはならない。
――それに、この手に収まる彼女の暖かさだけで、満足でさえある。
「これからも、私を叱ってくれるかしら?」
「危なっかしいからな。調子に乗るなら、いつでも」
「……なら、相応に愛してくれるのよね」
「それを望むなら」
「なら、抱きしめるだけじゃあ足りないわよね」
くすくすと、彼女は何かを企んでいる風に笑って、少し照れが入ったような様子で言葉を続けた。僅かに、震えた声。
「なら、キスぐらいできるでしょう」
こういうのは、思い切りが重要だ。――そっと、彼女に口づける。
触れたか、触れないような曖昧な、幻のようなソレ。
それでも、それ以上は流石に辛いものがあった。必死に誤魔化しているが、いい加減恥かしい。
「……うん。それじゃあ、私はもう行かないとダメね。本当に、今日は小言が多そうだわ」
あまりにも短い口づけを終えると、彼女はどこか楽しそうに、そう弾んだ声で言った。
「まぁ、そこは諦めてくれ」
彼女は参ったように笑いながら、俺の腕から離れていく。俺は踵を帰して、来た路を引き返した。
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