過去ログ - 男「また、あした」
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86:>>1[saga]
2011/04/03(日) 23:27:02.71 ID:hebi0UqT0
なんだかんだで、僕らは春野さんや夏原が狙っていた結果と同じことになってしまった。
やや気に食わないが、こうなってしまったのだから仕方が無い。惚れた方の負けだ。

「これで恋人同士、ですよね」

冬森さんが嬉しげに言う。僕自身の感情はなんとなく自覚していたところも多少あったが、彼女が僕に向けてそういう気持ちを抱いていたのは、さっきまでわからなかった。
そりゃ、嬉しくないといえば嘘になる。

「思えば初恋なんですよ、私」

照れたように冬森さんはそう続けた。思えば僕もこれが初恋だ。こんな妙なところまで似通るのだから、春野や夏原が茶化さなくてもこういう関係にはいつかなっていたかもしれない。
あの二人が僕らの背中を押す形になっていたことは否定しないけどさ。

「普通なら実らないものらしいんだけどね。白状するなら、僕もだよ」
「本当に、似たもの同士ですね、私達」

楽しそうに、花が咲いたような笑みを冬森さんは浮かべた。一度自覚してみれば、彼女の笑みのなんと可憐なことか。思わず見とれそうになる。
人の顔をじろじろ見ながらぼーっとしているのはよくないだろうから、僕はそっと眼を逸らした。
彼女はそれに感づいたのか、不思議そうに首を少し傾げた。僕は誤魔化すように口を開く。

「そうだ。明日の代休には、デートに行こうか」
「いいですね、どこに行きましょうか」
「思い切って、シュラインにでも行こう。奢るよ」

シュライン。高級洋菓子店だ。ケーキバイキングなんかが行なわれており、一人二千円近くとられる。
この八木市から二駅ほど離れたところにあり、今まではあまり行ったことはなかったが、明日ぐらいは特別だ。

「いいんですか? その、自分の分ぐらいなら出しますよ」
「いやいや。初デートぐらい僕に見栄を張らせてよ」
「じゃあ、お願いしますね」

冬森さんは嬉しそうに、もしくは幸せそうに言う。僕はなんとなく彼女のその小さな手を握って、当然のようにそのまま歩き続ける。
少し驚いた様子の彼女だったが、すぐに手を握り返してきた。僕らは今時珍しいぐらいの、たどたどしい関係だろう。
でも、こういうのは嫌いじゃない。どこか舞い上がってしまう。
しばらく彼女と手を繋いで歩いて、掌に伝わる体温を感じながら歩いた。会話は散発的だったけど、不思議と気まずさを伴うことはなかった。
僕のすぐ隣に、冬森さんがいる。それだけで、僕はある種の充足感を得ていたのだ。極端から極端に転ぶようだけれども、僕は冬森さんが好きでたまらない。
先ほどの言葉遊びも、この気持ちを自覚するための回り道だったのだ。一度自覚してしまえば、彼女が隣にいるだけで嬉しくなってしまうのも、無理はない。
それだから、彼女が隣にいて、たまに話して。それ以上のことをさらに望むほど僕は贅沢になれない。
まだまだ、お互いの気持ちに気がついたばかりなんだ。

気がつけばもう彼女の家の近くにまでたどり着いていた。
今日のところはこれで別れることになる。僕が少しの寂しさを覚えているところに、彼女も同じ気持ちなのか、手を握る強さがにわかに増した。
僕も強く握り返そうかと思ったところで、手が解かれた。冬森さんは少しばかり言いづらそうにその口を開く。今日のところの、別れの言葉だ。

「えっと。じゃあ私はここで」
「うん、わかった。それじゃあね、冬森さん」
「はい。秋川君。それじゃあ」

 僕らが言うべき、言葉の続き。それは――。


『また、あした』




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