372:>>1 ◆eu7WYD9S2g[saga]
2012/02/26(日) 22:06:37.63 ID:GFjxftzi0
ステイルの歯がギリ、と部屋中に響き渡るような派手な音を立てて軋んだ。
苦虫をグロス単位で噛み潰したような味が奥歯のさらに奥から染み出してくる。
歪みきった相貌が全世界のお茶の間に電波を通してお披露目されていることも、怒りのあまり頭から吹っ飛んだ。
「誰だッ!! 誰が糸を引いてい」
「新婦入場」
そして次の瞬間、その憤怒すらも掻き消える。
背後から蝶番が軋む物音。
反応して顧みたその先。
ほぼすべての参列者が漏らしたといって過言でない、おびただしい嘆声の洪水さえ耳に入らないほどに。
ステイルの頭は、真っ白になっていた。
「――――ぁ」
天使がいた。
いやあるいは、女神がそこにいた。
自分は神話の世界に迷い込んでしまったのだな、とステイルはしばらくの間そう信じて疑わなかった。
乳白色のしみ一つない肌が、血潮の放つ鼓動を透かして輝く。
太陽にも等しい煌めきは、人間離れした端正な美貌に生命の躍動感を与えていた。
豪奢なレースをふんだんにあしらったプリンセスラインのドレスが、一歩、また一歩とブルーカーペットを踏むたびに蠱惑的に揺れる。
王室の用立てた最高の逸品に違いないはずだが、“中身”の引き立て役としてさえ、果たして存分に役目をこなせているかどうか。
ヴェールは普段から着用している修道女のそれではなく、聖母マリアがその名の由来となったマリアヴェールだった。
薄布の下の豊かな銀髪は、ドレスにかからないよう後頭部でシニョンに結上げられている。
上から下へ、あるいは下から上へ。
ステイルの眼球運動はそういった規則性にまったく従ってはくれず、夢見心地に無造作に、花嫁の美しい五体の上を滑る。
ただ、表情に眼が行ったのが最後だったことだけは偶然ではない、とステイルは思った。
そこに視線をやれば、完膚なきまでに魅了される。
もはや刹那たりとも目を離せないのだと、きっと己の本能がそう察していたのだ。
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