過去ログ - とある主人公たちのハーレムルート
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8:骸の蝉[saga]
2012/01/02(月) 23:43:40.28 ID:Ct7sawydo
 蝉の胴体は空っぽだ。
 大きな音を立てるために、ドラムのような反響装置として、肉も筋も存在しないただの伽藍堂だ。

 ただの伽藍堂。

 麦野の肉体には本来存在しなくてはいけないものが存在していない。本来存在してはならないものが存在している。
 それは既に人という概念の枠組みが崩れているに等しく、本質的な何かがこぼれ落ちてしまっている。

 ただの伽藍の堂。

 死んでいるはずのものを生かされた。生かされてしまった。
 そして、そのままもう一度死ねばよかったのに、希望を見てしまった。魅せられてしまった。
 麦野が殺したいほど憎んで殺したいほど愛した男がどんなことをしても守ってやると言ったのだ。

 それが、期限付きだとしても。
 その言葉で無機質な世界に色が花開いてしまった。

 なんて残酷なんだろうと思う。

 既に壊れた器に盛るものなんて全て漏れてしまうのに。

 ほう、とため息をつく。セミの声はもう聞こえない。
 夕暮れになって日が奥深くまでさしている。ふと、センチメンタルな気持ちになった。

 焼いてやろう。

 このままゴミとして葬られるのは可哀想だ。
 幸いなことに焼くことには慣れている。一匹の虫を原子に変換することぐらいものを思うよりも容易い。
 死ぬことのできなくなった自分のかわりに死んだ、その嫉妬と代わりを務めてくれた感謝を込めて。

 立ち上がり、スリッパを突っかけて窓に近づく。
 残った右手の人差し指を蝉の死骸に向ける。
 瞬間、音も光も影もなく蝉は消失した。
 一欠片の灰も残らなかった。

 はしご状神経の脳を持たない生き物の死を嘆くように風が吹いて、目に見えない何かが空に散って何処かに還っていく。その姿を麦野はぼんやりと眺めていた。

「――むぎの?」

 後ろから声をかけられた。振り返るとそこにはピンクのジャージ姿の少女、滝壺理后がぼんやりとした眼をしながら立っている。
 どうやらノックの音にも気付かなかったらしい。

「何をしているの?」

 一番会いたくない人物に声をかけられ、麦野の表情が濁る。しかしそれは文字通り一瞬のこと。平素のように変わりなく女王然として気を張った声を出す。

「虫をね、焼いていたのよ」

 嘘ではない。だがこれでは善悪も理解できない子供のようだなと省みる。

 不思議そうな顔をしながら滝壺が麦野に歩み寄る。
 風が二人のボリュームのある髪を揺らした。

 この少女も今現在入院中だ。
 体晶という薬を多用した副作用で複数の内蔵が潰瘍を併発しているのだ。
 神経を過剰に活動させ脳に特段の作用を与える薬は内臓の交感神経をも狂わせ、その機能をめちゃくちゃにしたのだ。分泌すべきホルモンを分泌せず、
 分解すべき毒素を分解しない。
 命があることそのものが既に奇跡とも言える。
 その奇跡は浜面仕上げという一人の青年――少年という年でありながら少年という枠には収まりきらない肉体と精神を持つ男――の活躍によって起こされた。

 麦野が殺そうとし、殺されて、奪い取ろうとし、心を奪った男。

 そして、滝壺の恋人。

 今、滝壺の生命活動は安定している。
 しかし完全に元の体を取り戻すにはやはりきちんとした治療が必要であり、学園都市でもっとも技術力の高いこの病院に麦野と共に入院しているのだ。

 浜面仕上の強い意思で二人は今ここにいる。
 アイテム再結成まではどんなことをしてでも守ってやるという約束を守りきってくれたのだから、一つぐらいは言うことを聞いてやろうと、そんなことを口にしたら
 浜面は「身体を治せ」と言ったのだ。
 呆れはしたが麦野は素直に言うことを聞いている。実行している。

 滝壺を追い込んだことを憎んではいないのか、と聞くこともできずに。


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