530:にゃんこ[saga]
2012/06/08(金) 18:01:00.32 ID:RGQQDkqe0
「梓……、梓……!」
気が付けば私は口に出していた。
どうしてなのかは自分でも分からない。
だけど、私は梓の名前を呼んでいたかった。
怖いのに、凄く怖いのに、もう一度梓と話をしたかった。
話をして、私達の想いを伝えたかった。
双眼鏡を必死に覗いて周囲を見渡す。
その最中、何度も視界が遮られた。
言うまでもなく、私の前髪にだ。
そういえば、カチューシャをせずに飛び出して来てしまった。
私のトレードマークのカチューシャ。
カチューシャをしてない自分には、何となく自信が持てない。
外見的にもそうだけど、内面的にもそうだった。
小さな頃からカチューシャをしてるのが自然だったから、
カチューシャをしてない時の自分が人からどう思われるかが今でも結構怖い。
二年以上の付き合いになる梓にだって、
カチューシャをしてない私を見せたのは何度くらいあっただろうか。
だけど、そんな事を気にしてる場合じゃなかったし、取りに戻る時間も勿体無かった。
それに逆にいいかもしれないって思った。
前髪を下ろした私が本当の私ってわけじゃないけど、
私のそういう一面も見せるべきじゃないかって思えたんだ。
包み隠さず、私は私の思ってる事をそのまま梓に伝えたい。
だから、前髪を掻き上げながらも必死に捜す。
軽音部の現部長を、私の大切な後輩を、大好きな梓の姿を……。
見つけ出すんだ……!
不意に。
「梓……っ!」
私は半分叫ぶみたいに声に出していた。
双眼鏡の先、ホテルから少しだけ離れたビルの陰に、
見覚えのあるツインテールの女の子が座り込んで膝に顔を埋めていた。
遠目だから詳しくは分からないけど、もしかしたら泣いているのかもしれない。
泣かせたままでなんて、居られるもんか……。
梓の涙を止めてやらなきゃ……。
私は双眼鏡をその場に置いて、屋上から階段を全速力で駆け下りる。
身体と心臓が悲鳴を上げて軋む。
でも、そんな事は気にならない。
私の胸はそれよりも強く痛んでるから、
梓の胸は私よりももっと痛いはずだから、私は梓が居る場所まで走るんだ。
今度こそ。
私の嘘の無い想いを伝えるために。
聞かせたい……。
いや、聞いてほしいんだ、私の想いのこもった言葉を。
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