過去ログ - 文才ないけど小説かく(実験)
1- 20
575:世界から与えられる罪と罰(お題:瞬間)3/4[saga]
2012/07/03(火) 17:48:29.99 ID:sT2Fhxi60
マスターが、この店で唯一美味と言えるコーヒーを運んできた。
 既に時刻は午後一時になっていて、お昼時であるのも関わらず、この店にランチを食べに来ようなどという、ユニークな客は現れなかった。
 そのあと一時間ほど、彼はその店でコーヒーを飲みながら、特に何をするわけでもなく座っていた。
 しかしながら彼はその、ふと与えられた穏やかで幸福な時間の中で、唐突に犬を殺した瞬間の事を、はっきりと自覚的に思い出したのだった。
犬を殺した瞬間の、ある一つの悟りのようなものが頭に浮かび上がってきたのだ。
 
 彼は彼女の微笑む姿の前で、処刑人のように犬の首を切った。
 そうして犬を殺した瞬間に彼は、ある稲妻のような啓示を受け取った。彼はその一生を、理不尽に犬を殺した者として生きなければならないと言う事実を。世に溢れる美しく頭のおかしい女に頼まれて、罪のない可愛い犬を殺した男として生きなければならない罪を。そして自分はいつかこの犬と同じような目に遭うだろう。いや、これよりももっとひどい罰が自分に対して与えられるかもしれない。犬はきっと復讐するだろう。自分に対して復讐をしにくるだろう。どんな手を使ってもそれは復讐を遂げるだろう。様々な方法を使い、時間を越えて、生命を越えて、個体ではなく、罪として、犬は私に襲い掛かるだろう。あぁ、まさしくこの瞬間に、自分は犬になったのだ。社会的な意味合いでも、組織的な意味合いでも無い。私は罪に対する犬になったのだ。彼はそう悟った。そして逃げ場がないと言うことも思い知った。もう私はどこにも逃げられはしないし、それは決定されてしまった事実なのだ。

 彼は窓の外を見る。若い女が犬を散歩させている。その犬が彼を見つめている。
 犬は言う。さぁ、これから始まるぞ、お前の人生をまるまる使った苦しい罰が、お前に与えられるのだ、これから時間をかけて、お前は先ほどの犬が味わった苦痛を超える想像以上の苦しみを味わうのだ、お前は絶対に逃げられないし、私たちはお前を決して許しはしない、お前は犬を殺した者として、様々な犬に罰を与えられるだろう、お前は犬を殺した瞬間に、世界に対して敵と認識されたんだ、だから私たちはお前を逃しはしないぞ、お前は死ぬまでその苦しみの中で生きていかなければならない。
 犬はそのように呟き、険しい目をしながら、彼を見続けていたのだ。
 或いはその光景自体は彼の妄想に過ぎないかもしれない、だが彼にとってその犬の言葉は絶対的真実でもあった。
 彼はもうどうしたらいいのか分からなかった。目に前で力強く生きていた大きな生命を、可愛らしい生命を殺してしまったと言うこと事実が、これほどまでに苦しいことだなんて知らなかった。あの瞬間を逃れる術はなかったのだろうか。罪が与えられる瞬間を。徹底的に幸福な人生からずれてしまう瞬間を。



<<前のレス[*]次のレス[#]>>
1002Res/642.94 KB
↑[8] 前[4] 次[6] 板[3] 1-[1] l20
このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
もう書き込みできません。




VIPサービス増築中!
携帯うpろだ|隙間うpろだ
Powered By VIPservice