864:少年よ五百円玉を抱け 8/10 ◆1ImvWBFMVg
2012/08/01(水) 07:48:24.63 ID:idTh5FcP0
「メニューはよろしいでしょうか。お決まりならお伺いします」
「え?……あぁオーダーだ。えっと、とりあえずコーヒー」
目がうつろで視線が定まっていない。まるでさきほどまでベットで悪夢にうなされてい
た人のようだ。
「かしこまりました。コーヒーはホットとアイスどちらにしましょうか」
「どちらでも……あぁ、すいません。ちょっと色々こう……あぁ、もうなぁ」
何かを思い出したように、頭を抱える父親。まずい。ショックで固まっていた感情が吹
き出しそうになっているのが端から見ていてわかるほどだ。
「なんでかなぁ……我慢したのになぁ……どうなってんのかなぁ。ええっと、コーヒー?」
おそらくこのままでは恐慌を引き起こしてしまうに違いない。その手に猟銃はひどくま
ずい。ただこの状態の父親に、娘のことを話題に揚げたりしたらどんなスイッチが入るか
分からない。
もう!一体どうすれば良いんだよ、干渉できないとかどうこう言ってないで助けてくれ!
汗が止まらない!
『愛の手を。慈愛深き慈しみのこころをもって』
声だけが帰ってくる。いやさ、俺だってこのおじさんに同情はするよ。どうか救われて
ほしいとも思う。でも今はそういう精神的なことじゃなくて。それぐらいわかるもんだろ。
「ホットだろうがアイスだろうがさ。どうせ正美はもう飲めないんだよね。なんでかなぁ
……我慢?」
『手をさしのべてください』
手を。いやでも汗まみれであの。あ。……やべ。五百円落とした。
「ん? んん? なんだい給仕さんこれは。ん?」
汗で自分の手からすべり落ちた五百円玉が、机の上に転がり落ちていた。一緒に先ほど
までの不穏な空気が一瞬途切れた気がした。
「……五百円玉?」
「す、すみませんお客様。手元が狂ってしまいまして。大変失礼いたしました」
朗らかに笑う父親。初めて見るとても人なつっこそうな笑顔は、とても魅力的な顔だっ
た。こんな朗らかな人をあれだけ生気のない生き物に変えてしまう年月が、恐ろしくなった。
「大丈夫だいじょうぶ。あれ?くれるの、この五百円?」
「いえ、あの」
「でもたりないなぁ! これっぽっちじゃ全然足りない、わかる?」
どうやらこの程度の刺激ではだめだったようだ。スイッチは以前入ったままだし、バッ
クを持つ手にますます力が入るのが見える。
死を覚悟した、そのときだった。
「……正美?」
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