3: ◆JbHnh76luM[saga]
2012/02/02(木) 21:27:56.02 ID:zYfJKhwLo
「……おとうちゃん!!」
シェルは飛び起きた。慌てて周囲の様子を見る。そこは見慣れた部屋だった。グレーで統一された無機質な壁に簡素な二段ベッド。シェルはその上段に寝ており、下段には親友の、
「大丈夫か、シェル?」
エルマーが下から顔を覗かせる。シェルは今自分が居る場所を認識して息を吐く。
「夢だったんだ」
ベッドから飛び降りて部屋に備え付けられている冷蔵庫からミネラル・ウォーターを取り出してコップに移し、飲み干す。その間にエルマーもベッドから出てきていた。時刻は夜中の3時。シェル達の乗るムーバはゆっくりと移動しており、その音とかすかな振動だけが静かな室内に響いていた。
「あの夢か?」
「うん」
ライノクラフトライダー養成学校で出会い、今となっては親友とも言えるエルマーにシェルは全てを話していた。
当時、幸いにも無事にバラン・バランの街に辿り着いたシェルの脳裏には真っ二つにされた父の騎体が焼きついていた。あの斬られ方では中に居た父は無事ではないということも知っていた。
シェルが11歳の時の出来事であった。5つの国と1つの絶対中立都市がひしめくこの大陸でも有数の傭兵団、ナイティム『ブルー・エッジ』壊滅の報が流れた。原因は正体不明の旅団の襲撃。実力では一国の軍の精鋭部隊並と唄われたナイティムがほんの数時間で蹂躙されたのだ。生き残りの証言によれば、敵ライノクラフトの容姿は漆黒のライノクラフトとしかわからず、各国が協力して行った合同捜査でもその正体は掴めなかった。一説にはどこかの国の秘密部隊という話もあったが、その素性は結局掴めず、事件は迷宮入りになっていた。
そんな中、11歳のシェルは復讐心に燃え、ライノクラフトのパイロットであるライダー養成学校への入学を決意していた。
その時にシェルは母、カノンに諭された。
「いい、シェル。復讐は何も生み出さないのよ。そんな事を考えるのは駄目。おとうちゃんだって敵討ちなんて望んでないわよ」
「じゃあ、じゃあ僕はどうすればいいの!?」
小さいシェルは拳を握って母親に問い返した。母親はそんなシェルの気持ちを十分に理解している事を伝えたあと、彼をナイティムが世話になっていたライノクラフトの総合工場に連れて行った。普段、ライノクラフトの整備や修理は通常ムーバ上や軍属であれば専用の工房等で行われるのだが、年に一回、法律による検査が義務付けられていた。その他にも大きな損傷などを負った場合も工場でないと修理ができない。その指定工場は各国にあり、特にバラン・バランの街には中立性や世界で唯一のライノクラフトライダー養成学校がある為、その数は他国に比べて圧倒的に多い。その中の一軒に『ブルー・エッジ』が世話になっていた工場があった。
カノンはシェルを工場のメインである主作業所に連れて行った。そこはライノクラフトが組み立てられる場所であり、シェルも父に連れられて多くのライノクラフトがそこで組み立てられ、ロール・アウトされるのを見学したものだった。
「ここよ」
シェルが案内されたのは一つの格納庫。借主は父の名前とナイティムの名前になっていた。
「開けてごらん」
そう促されて扉の開放ボタンを押すと、高さ20メートルの鋼鉄製の扉がゆっくりと開き、その中には1機のライノクラフトの原型があった。まだ骨格のみでフックなどに掛けられたその骨格は人体骨格の標本の様にも見える。完成すれば高さは16メートルほどになるであろう、その巨人の骨格は静かに安置されていた。
「これは……?」
「型番BE-0002、まだ研究段階のライノクラフト骨格よ。まだ発表もされてい最新鋭……というより、研究段階の物よ。そして、これがシェルの乗機になる予定の騎体」
「これが?」
「基本設計や設計理念にははおとうちゃんが参加してるわ。つまるところ、おとうちゃんの遺品って事ね。シェルが14歳になって、見事ライダー試験に合格したらプレゼントするんだって言っていたわ。いわば骨格から全部カスタムメイドというわけよ」
「僕の……騎体?」
シェルは再び骨格を見る。まだ電源も入らず、ただそこにぶら下がっているだけの骨格があった。骨格のみで、そこに詰め込まれるジェネレーターやモーターなどのパーツもない、本当に骨格のみのライノクラフトがそこにあった。
「復讐なんて無意味な事よ、シェル。おとうちゃんが望んでいるのは、貴方がおとうちゃんを超える事。あの人、ずっとそう言っていたわ。貴方には才能があるって。いつか二人でライノクラフトを駆って仕事をしたいってね」
「……」
「いい、シェル。これがおとうちゃんの遺言よ。強くなって、一人前のライダーになりなさい。それが貴方が成すべき事なのよ」
そう言われたシェルは黙って、こくりとうなずいた。復讐心を捨てたわけではなかった。あの黒い騎体の事を考えるだけで年端もいかない少年の心には復讐の赤い炎が燃え上がるのだが、父が遺した夢を叶える事を目標とした。
そしてシェルは翌年、12歳でライダーの素質試験をパスし、養成学校に入学した。
そもそもライノクラフトのライダーには誰もがなれるわけではない。この巨大な人型ロボットの操作は困難を極めていた。動作のほとんどをコンピューターがやると言っても、パイロットであるライダーが操作しなければいけない事は無限にある。それは搭乗中でも、待機中でもであった。その整備には専門的知識が必要になるため、専門職が存在するのだが、応急メンテナンスをする程度の知識は必要であったし、ライダーになるには各国の法律や規律などを学び、将来に備えなければならなかった。そしてその素質試験も困難を極め、ペーパーテストを初めとしたあらゆる能力が試され、徹底的に振り落とされる。年齢制限は下限が12歳しか設けられておらず、上限はなかった。
大半のライダーは各国の軍に所属することになる。ライノクラフトの優劣は互いに領土争いをしている5つの国にとって死活問題であった。
ただ、その中でも軍に属さず、傭兵という形で生計を営む物もいた。それが『ナイティム』である。巨大な運搬トレーラー『ムーバ』を用い、そこで生活し、メンテナンスを行う傭兵集団がそれである。彼らは軍では遂行困難な任務や企業からの依頼をこなして金銭を得ていた。シェルの父親やそのスタッフ達はそんな数あるナイティムの中でもトップクラスの仕事完遂率を誇り、その名声は軍が大枚をはたいてでも専属にしようとしていたほどであった。
シェルはそんな父親を目指して養成学校に入学し、日々、厳しい授業や実地訓練を受けていた。そんな中で出会ったのがエルマーであった。1つしか年齢の離れていない彼とシェルはすぐに意気投合し、卒業間近の現在まで互いに親友として、良きライバルとして互いの腕を磨きあい、時には衝突を繰り返してきていた。
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