過去ログ - 織莉子「私の世界を守るために」
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70: ◆qaCCdKXLNw[sage saga]
2012/07/17(火) 03:50:14.68 ID:yIkrPX160
 そうした報道が、生前と死後とでの美国久臣の評価を一転させた。

 清廉潔白な新進気鋭の国会議員は、薄汚い税金泥棒の名を宛がわれた。
久臣の選挙姿勢はそのクリーンな政治を標榜してのイメージ戦略がその柱だったので、その痛手は一般的な国会議員よりももっとずっと大きかった。

 クリーンな政治を、クリーンな選挙を。そんな風に街頭で演説してきた久臣の言は虚構のものであるならば、つまり支持者にとってそれは裏切り行為に当たるものだったからだ。
そしてそんな支持者たちにしてみれば、織莉子もまた裏切り者と同じことだった。

 教室に入って織莉子は、自分の机の上に1冊の週刊誌が置いてあるのに気付いた。
ご丁寧にも久臣について書かれたのページが開いてあって、なかなかにセンセーショナルな見出しが全共闘時代のガリ版刷りポスターを思わせる荒々しいフォントで描かれている。

 ――饅頭議員・美国久臣、盗ったカネで華麗な生活!!

 そこには出所の怪しい情報や、恐らく裏すら取っていないようなデマゴーグまで、およそ考えられうる悪徳議員としての罪状がヒステリックに書き連ねてあった。
ジャーナリズムなどどこ吹く風だ。

 けれど、一般の大多数にとってことの真相などはどうでも良いようだった。
彼・彼女らにとっては眼に入った事柄、耳に聞こえた事象のみが真実で、それ以外の興味は持ち得なかった。

 織莉子が見ていた善き父・善き政治家としての美国久臣の姿など、そこにはどこにもなかった。
つくられた真実の独り歩きに、織莉子の心は酷く傷めつけられた。

 織莉子は父を信じたかった。だが、世界がそれを許さなかった。

 ――くすくす、よく学校に来れますわね。

 ――ずぶとい人ね、わが校の質が落ちてしまいますわ。

 ――盗人猛々しいって、この事を言うのね。

 ――くすくすくすくす。

 世界は織莉子の父を否定した。それは、父により与えられた世界への奉仕の心をも否定することを意味していた。
お前の意志はまがい物なのだ。お前の父の与えたそれは、虚構の上に成り立っていたものにすぎないのだ。
そんな否定が、頭ごなしに織莉子に与えられた。

 幾度も幾度も否定され、織莉子の心はまるでかき氷に湯でも注ぐかのように溶かされていった。
もしかしたら、父は本当に悪を為していたのではないか。悪を為していて、それがために、こうまで人様の怒りを買っているのではないか。
そんな心が、織莉子の裡に生まれ、根を張っていった。

 だとすれば、私の抱いているこの想いというのはいったいなんなのだろう。
世界に身を尽くしたいと思うこの想いは、誰かが言うように父のつくりだした嘘、まがい物に過ぎないというのだろうか。

 それは織莉子の縋りついた価値、世界への奉仕の意志に罅を打った。
蜘蛛の巣マークを形作って織莉子の裡に広がったそれは、瞬く間に深い亀裂となって織莉子の縋りついた価値を突き崩していった。

 脳は片一方が喪われても、きちんとした処置をすれば生命を維持することは可能らしい。だが、織莉子の場合には両方の大脳皮質が根こそぎ毟り取られた形になる。

 父と奉仕の心、その両方の喪失は、「美国織莉子」という人格を根底から揺るがす"おおごと"だったのだ。




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