過去ログ - 織莉子「私の世界を守るために」
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72: ◆qaCCdKXLNw[saga]
2012/07/17(火) 03:52:43.94 ID:yIkrPX16o
 織莉子が学校へ行くと、彼女の席は無かった。学級名簿には、織莉子の名は無かった。
生徒会長には、ついこの間までは副会長をやっている娘の名があった。実直で、織莉子をよく慕ってくれていた子だった。

 信じられなかった。何が起こったのか分からなかった。
急いで職員室に向かうと、汚いものを見る目が送られ、

「昨日、除籍通知を送ったはずですが。遅くとも、今朝早くには届いているはずですよ」

 地面が崩れた気した気がした。失墜感、それ以外の言葉が見当たらなかった。
なぜですか、そう叫んでいた。なぜ、父のことで私が除籍されなければならないのですか。

「わが校に犯罪者の娘が居る、それ自体が許されないことなのです。
 貴女が一分一秒いれば、その分だけ白女の質が落ちます。当然の処分と言えるでしょう。
 心配せずとも、既に他校への転入手続きは済ませてあります。来週からはそちらの方に通うようにしてください」

 そうして織莉子は放り出された。
努力して、努力して、一度きりのチャンスをものにして入学することが出来た、誰もが憧れる白女の学校から。
さらに努力して常に学年一位を独走し続けた学力も、一年の頃から作り上げてきたコネクションを駆使しての生徒会長の任も、すべて無かったことにされて。

 為す術なく、帰るため校内を歩く織莉子の耳に届いたのは、この間と殆ど変わらない嘲笑と嫌悪の視線だった。

 税金泥棒の娘、汚職政治家の子、汚らわしい美国。大体にして、こんな内容だった。

 それを背中で聞くうちに、織莉子は気付いた。
つまり、今まで自分の周囲に在り続けた人々にとって「美国織莉子」とは、「美国の娘」に過ぎなかったのだと。

 その言葉は、織莉子に向けられたものではなかった。その視線は、織莉子に向けられたものではなかった。その笑みは、織莉子のためを思ってのものではなかった。
全ては織莉子の姓、「美国」の名、その権威が齎したものだった。

 彼女が美国だったから、織莉子は白女中学に入れた。美国だったから、生徒会長になれた。織莉子が何でもソツなくこなせるのは、彼女が美国の出だからだ。

 美国だから、織莉子は犯罪者なのだ。美国の娘だから、織莉子は汚らわしいのだ。美国だから、滅されるべき悪なのだ。

 織莉子はずっと、美国の善き娘であろうとした。それが世のため人のためになると思っていたからだ。
皮肉なことに、そうやって善き娘であろうとした織莉子の行動は全て美国の名の下に帰結し、「美国織莉子」と「美国」を等号で括る結果となったのだ。
彼女を取り巻く人々にとって、織莉子は美国の娘だったのではなく、美国の娘が織莉子だったのだ。

 ようやく目覚めた織莉子の自意識はあまりにもあっけなく圧し折られて磨り潰され、そして瓦解していく。

 それでも、と織莉子は思った。それでも、分かってくれる人はいるはずだ。どこかに、わたしがわたしであることを理解してくれる人が。

 もはや後には引けなくなった織莉子は、しゃにむにその人を探し始めた。誰でも構わない、どうか、私を見て。
私は織莉子、織莉子なの。私は美国の娘じゃない、父ありきの添え物なんかじゃない。私は、私なの。
誰か、私を見つけて。

 織莉子は藁にもすがる思いで、考え付く限り自身に優しくしてくれた人々を訪ねた。
あの日織莉子を褒めてくれた政治家を、親しかったクラスメイト達を。

 だが、

「先生はお会いにならないと言っています。あなた、ご自分の立場を解っておられないんですか?」

 返ってきたのは容赦ない言葉と冷蔑に満ちた視線だけだった。

「選挙も近いというのに、不正議員の娘なんかに纏わりつかれたら堪らないでしょう?」

 友人だと思っていた娘たちは、誰も何も言うことなく織莉子を見据えるだけだった。
その視線は、残念だけれど貴女はもう終わりなのよ、と刺し貫くような冷徹さでものを語っていた。

 結局、織莉子を知る人は皆「織莉子」を「美国の娘」としてしかラベリングしていなかった。
藁にもすがる思いでしがみついた同一性は、所詮は藁にすぎなかったのだ。

 そして織莉子は、独りぼっちになった。


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