78: ◆qaCCdKXLNw[saga]
2012/07/17(火) 04:00:29.24 ID:yIkrPX16o
織莉子が魔法少女になって5日ほどが経った日の出来事だ。とある事件が織莉子の身へと降りかかる。
その日、織莉子は狩に出た。
契約した瞬間に魔法少女のからくりをすべて知る破目になり、他の魔法少女たちと一線を画す悲壮な決心を胸に生きる織莉子と言えど、その基本的な性質は変わらない。
魔力を消費すればソウルジャムは濁る、濁りが過ぎれば魔女になる。魔法少女としての、逃れようのない軛だった。
織莉子は自分がどんなものになるのか分かっていた。
屋敷の姿を模した結界に満ちる白い"靄"そのもの。形容するなら『霧の魔女』と表するのが適当だろうか。
踏み込んだ者の全てを理解し、識ることが出来る魔女。ただし自らは、その取り留めのない姿のせいで「自分の正体」だけは識ることができない。
自分の終わりの姿を初めて見た時、我ながらろくでもない末路だと織莉子は苦笑したものだった。
いずれ自分も魔女になる、それは曲げようのない事実だ。
だがそのときは今ではない。未だ自分には、やらなければならないことがある。
私は、救世を成し遂げるなければならない。
でなければ、自分が地獄へと送り込んだ彼女らにも――立つ瀬がないではないか。
そんなわけで、織莉子は糧を得るために屋敷の外へ出たのだった。
今回で魔女を斃すのは3度目だった。
予知の延長線上にある自身の高い知覚を持っている織莉子は、ありがたいことに闇雲に走り回らずとも魔女を狩りだすことができる。
それも自分が確実に勝利することができ、かつグリーフ・シードを落としてくれる手合いをえり好みする事すら可能だった。
織莉子は夜の、人出の少ない時間帯に繰り出して魔女を狩ることに決めていた。
父・久臣の死から既に一月ほどが経ち、大衆は織莉子に対しての興味をなくしたのかもう積極的に害を為そうとする者はいなかったが、それでも付近の住人たちには織莉子の顔は知れ渡っている。
ここで薮を突いて蛇を出す必要もないだろうと、織莉子は契約した日から、外で行動するときにはいつも人目を憚る格好でいた。
濃紺に染まる夜空に包まれたビル群を、織莉子は足取り軽く渡り歩いた。
実際には、これから救世のためにやるべきことを考えるだけで気が滅入りそうな状況ではあったのだけれど、やうやう暖かくなり行く季節の中で吹く夜風は頬に気持ち良く、織莉子は思わず顔を綻ばせた。
とても、気分が良い。これならば、成し遂げられそうだ。
けれど折り悪く、こんな時にも予知は発動される。一つのビジョン、あの少女が契約する強い要因が、もうじき発生する。
ぴきり、とガラスに罅の入るような音が頭蓋骨の内側に響いて、ある少女が魔女化する映像が脳裏に映された。
織莉子はジェムとグリーフ・シードとを見比べてまだ余裕があることを確認すると、予知された風景のもとへと向かうことにした。
別段、急に情け深くなったわけではなかった。その少女が魔女になると、ちょうど翌日の放課後辺りに例の少女と遭遇し、その場で契約――魔法少女となる流れが生じるからだ。
上手くいけば、今から向かう所の少女を味方に引き入れることができるかもしれない。そんな小狡い思惑もあった。
薄汚れた路地裏に、緑を基調としたドレスを纏った少女が苦しげに呻いている。
織莉子は如何にも心配しています、といった仕草と表情を形作って、その少女へと駆けた。
その少女は頭に大きな薔薇の花飾りを付けていた。
薔薇。父の好きだった花。
織莉子は一瞬苦々しい思いに心が満ちた。
けれど次の瞬間には心を切り替えると、少女へ歩みを寄せた。
近づいて見ると、左胸に配置されたソウルジェムはもうほとんど濁り切っているのが一目で分かる禍々しさだった。
彼女は織莉子を見て取ると、引き攣った笑い顔になった。怯えた目をしている。
「心配しないで、私は貴女を助けにきたの。私も……多くはないけれどグリーフ・シードのストックはあるわ。困ったときはお互い様と言うし、分けてあげる」
ところが、少女は織莉子の慈母のような表情からは安堵を得られないのか、引き攣った顔をしたまま首を左右に振った。
そして、
「う、うつらないの……」
「……へ?」
「ジ、ジェムに濁りが、う、う、うつっていかないのぉっ!」
少女は金切り声をあげた。
織莉子が薄暗がりの中で目を凝らすと、なるほど言っていることの意味が分かった。
少女はかちかちと、自分のジェムにほとんど新品のグリーフ・シードを圧し当てていた。
けれどどうしたことか、本来は濁りを移して眩く光るはずのジェムは一向に輝かず、グリーフ・シードもまた穢れを吸わず熟れないでいる。
それどころか、ジェムには一秒の間断もなくじわじわと濁りが蓄積されていく。もう間もなく魔女が生じるのは明白だった。
織莉子は理解する。一線を、超えたのだと。
「たす、けて、ください……く、くるしいの、からだが、いたくていたくてたまらないの……お、おねがいです、たす、けて、くださぃ……」
織莉子は逡巡する。
どうすれば良い。どうすれば最悪の事態を避けられる。
このままいけば、まず間違いなくこの新米の魔法少女は魔女になるだろう。
頭頂部に巨大な蝶の造形をあしらった、巨大な魔女に。
その巨体は、織莉子の貧弱な火力では制しきれない。その拘束攻撃は、織莉子の魔法少女としては貧弱な身体能力では躱しきれない。予知していたって無理なものは無理だ。
つまり、織莉子はスペック的にあの魔女を斃すことができないのだ。
ここで死ぬわけにはいかない織莉子にできることがあるとすれば、それは逃げることだけだ。
しかしこれを放っておけば、彼女は翌日の放課後には件の少女とその連れにエンカウントし、めくるめく魔法少女の世界へと2人を招待することとなる。
それだけは避けたい。
だが既に閾値を超えて濁りを溜めつつある彼女を救う手だてはもう存在しない。それは頑として横たわる事実だった。
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