96: ◆qaCCdKXLNw[saga]
2012/07/17(火) 04:15:11.74 ID:yIkrPX16o
織莉子の脳裏に、これから来たる未来が描写される。
墓碑の椅子に眠るように座るキリカの遺体の、ちょうど顔面に槍が突き刺さる。
可愛らしい、あのキリカの顔に。
あれは、抜け殻だ。キリカそのものではない。そう、そのはずだ。
回想。
初めて出会った――実際には二回目の出会いだったのだけれど――あの夜に抱きしめてくれたこと。
織莉子の手料理を、笑いながら食べてくれたこと。
紅茶を飲む時に砂糖とシロップ、ジャムを入れまくりまるでゲルのようになったそれを、さも美味しそうに飲み干していたこと。
父のことを話したときに、焼きもちを焼いてほっぺたを膨らませたこと。
――手作りのテディベアをプレゼントした時の、あの満面の笑顔。
気付けば織莉子は動いていた。
他の全員が驚いたことだろう、きっとあちらからしてみれば、織莉子は友の命をも差し出す冷血女にしか見えていないことだろうから。
神経、筋肉、血管、その全てにありったけの魔力を伝え、可能な限りの速度を出す。両手を広げ、佐倉杏子の槍を受け止める。
槍は胴体を貫通し、けれどどうにかキリカの顔面すれすれの所で停止した。予め予知でそのことを知っていた織莉子は、振り向かずに槍を引き抜き再び臨戦態勢を執ろうとして――。
自らのジェムに、銃口が向けられているのに気が付いた。暁美ほむらだった。
キリカの化身が生み出し続けていた時間遅延の魔法も既に切れ、もはや身体を動かすことすらできないほどに疲弊しきった織莉子の現状では、ぴったりと押し当てられた銃から放たれた弾丸を回避することはできないだろう。
織莉子は、負けたのだ。
「撃たないの?」
「撃つわ」
シンプルな処刑宣告だった。
「ひとつ答えて。あなたは何故、こんな戦いを挑んだの?」
織莉子は微笑んだ。ずっと逃げ続けているお前には、今ここで、ここに拘り続ける自分の在り様など絶対に分からないだろう。
ビジョン。墓碑に寄り掛かって眠る、キリカの遺体。
「私の世界を守るため、よ」
銃声。織莉子の、濁り切ってもうあの日キリカが褒め湛えた真珠色からはほど遠い色になったジェムが砕け散る。
薄らいでいく意識の中で、さらなるビジョンが浮かぶ。
巨大な魔女。吸い取られていく魂。
どうやらこの期に及んでなお、鹿目まどかは魔女になって世界を滅ぼす運びであるらしい。
ああ、悔しいなぁ。自分は結局、なにも成し遂げられなかった。
救世も、キリカの望みも、何もかも。したことはと言えば、無垢の魔法少女たちの命を徒に奪ったことだけだ。
私は、ここで終わり――。涙に満ちた瞳を開くと、何か落ちてくる物体が見えた。
キリカの破片。
ぱきり、と音がして、美国織莉子の最後の未来予知が発動される。
それは奇跡だった。ソウルジェムを破壊された時点で、普通は魔力の行使などできようはずもない。
それは掛け値なしの、唯一の奇跡だった。
織莉子は全身全霊の力で以て、キリカの破片を撃ち出した。インキュベーターの方向へと。
とても分かりやすい目印で、この時ばかりは織莉子も白饅頭に感謝した。ちょっぴり、ではあったのだけれど。
そうして、美国織莉子の意識はブラックアウトした。
だからきっと、この後に"なにか"が起きて、織莉子が"何らかを得た"のだととしても、それは恐らく、彼女だけのものなのだろう。
それは契約した瞬間、"織莉子"の中に流れ込んできた記憶だった。
まるで頭蓋骨に穴が開けられてやかんで湯でも流し込まれるかのような怒涛の勢いで、その記憶は織莉子のものになったのだった。
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