104:律「うぉっちめん!」[sage saga]
2012/07/16(月) 14:20:57.14 ID:fJZ3iuV80
2010年。私は唯を見ている。
2021年11月。スウィートルームのベッドの上。
私の眼には、窓越しの星明りと街灯りが映っている。
ここはグラスタワー。東京の新名所となった138階建ての超高層ビルだ。
ムギの会社が、アメリカのヴェイト社とかいう企業との共同出資で建設したらしい。
プロデューサー『炭酸水でいいのかい?』
澪『うん……』
飲み物を持って冷蔵庫から戻ってきた彼も、窓際のキングサイズベッドで外を眺める私も、
一糸まとわぬ姿だった。
プロデューサー『今は128階のスウィートが精一杯だけど、なぁに、すぐにこの上のペント
ハウスが手に入るよ。僕と澪ならね』
リチャード・ギアが安原義人の吹替で言いそうなセリフだけど、振り向いた私のそばにいるのは
典型的な日本人中年男性。可笑しさと同時に、どこか薄ら寒ささえ覚える。
澪『別に…… 私はそんなもの、いらないよ』
炭酸水の瓶を受け取った私は、再び窓の外へ眼を遣った。会話もそこで途切れる。
数分の沈黙の後、それに耐え切れなくなったのか、彼がグラスの水割りを飲み干して言った。
プロデューサー『……なあ、そろそろニューアルバムの制作に入ってもいいんじゃないか?
君の意思を尊重して何も言わずにいたが、1stからもう二年以上経ってる。
ボノの真似事も結構だけど――』
澪『ねえ、唯は今度、どんな曲を作るのかな。何か聞いてる?』
プロデューサー『またそれか! いい加減にしろ! いつまで彼女にこだわってるんだ!?
あんなのフェードアウトした過去ネタだ! 雛壇芸人程の価値も無い!』
澪『本気で言ってるの……? だとしたら、あなたの音楽センスの底が見えたわよ』
私は嫌悪と軽蔑をたっぷり込めて、彼を睨みつけた。
放課後ティータイムから今まで、この人とやってきた事に意味なんてあったのだろうか。
この程度の男だったなんて。
放課後ティータイム時代の唯の作曲や、ソロになってからの唯のアルバムを聴いてきた筈なのに。
平沢唯の仕事に戦慄し、恐怖し続ける私を見てきた筈なのに。
プロデューサー『君は病気だよ。何の実体も無い平沢唯の影に怯えて、強迫観念に取り憑かれて
いる。アレのどこが天才だ? 奇をてらったマスターベーションまがいの
音楽しか作れないキワモノ歌手じゃないか』
澪『……』
私は無言でベッドから降り、服を身に着ける。
彼には一瞥もくれず、ハンドバッグを手に取り、ドアの方へ向かった。
話すだけ時間の無駄だ。
それに、彼は私を怒らせた。唯を悪く言っていいのは私だけだ、と何度も言ってきたのに。
プロデューサー『どこへ行く! 戻って来い! 自分を何様だと思ってるんだ、このイカレ女め!
誰のおかげで今まで……!』
絶対に振り返らない。あんな男を見たら眼が腐る。耳も腐りそうだから出来れば声も聞きたく
ないし、口も腐りそうだから出来れば話したくもない。
でも、これだけは言っておかなくちゃ。
澪『もう、あなた程度じゃ私の役に立てない。あなたじゃ唯に勝てないのよ。これからはセルフ
プロデュースで活動させてもらうわ』
私はスウィートルームを後にした。
2011年。私は唯を見ている。
2012年。私は唯を見ている。
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