140:猫宮
2013/01/14(月) 17:53:22.21 ID:OG1fw1mi0
▽
律さん達のお化け屋敷を後にして軽音楽部に向かう途中、
憂ちゃんが少し申し訳無さそうに、
「寄り道したい場所があるんだけど、いいかな?」と私に訊ねた。
唯さん達の練習の見学は勿論したかったけど、別に急ぐ事でも無いもんね。
逆に憂ちゃんが私に自分の意思を伝えてくれるようになった事の方が嬉しかった。
だから、私は笑顔を向けて頷いて、憂ちゃんと肩を並べてその場所に向かう事にしたんだ。
「はいはい、そこ、音が弱いわよ。
初めての学園祭で緊張する気持ちも分かるけど、音はきちんと強気にね。
練習の成果を出せない方が後々で後悔しちゃうでしょ?」
厳しさの中にも優しさを感じさせる言葉が部屋の中に響く。
言ったのは軽音楽部の中で見せる顔とは違う、
凛々しい表情と声色の大人の女の人……、キャサリンさんだった。
そう、憂ちゃんが寄り道したいと言っていたのは、
軽音楽部じゃなくて、吹奏楽部が活動してる方の音楽室だったんだよね。
「キャサリンさん、吹奏楽部の顧問もやってたんだ……」
それは単なる独り言のつもりだったんだけど、
私の言葉が聞こえていたらしい憂ちゃんが笑顔で頷いてくれた。
「うん、そうみたいなんだよ、梓ちゃん。
私ね、昨日、ちょっと前にお姉ちゃんが話してた事を思い出したの。
『軽音部に顧問の先生が来てくれる事になったんだ。
その先生はね、吹奏楽部の顧問もやってて皆に人気がある楽しい先生なんだよー』って。
そう楽しそうに話してたのを……。
だから、私、キャサリンさんの姿をどうしても見てみたくなっちゃったんだ。
私の前で見せてくれてた姿じゃなくて、軽音部での楽しそうな姿でもなくて、
吹奏楽部の顧問で桜高の皆さんに人気があるっていうキャサリンさんの姿を……。
我儘言っちゃってごめんね、梓ちゃん」
私はその憂ちゃんの言葉には首を振る事で応じた。
憂ちゃんが謝る必要なんて無いんだし、そのキャサリンさんの姿は私も見てみたかったから。
昨日、一人で軽音楽部に見学に行った時、
私はキャサリンさんが何度かギターを弾いたのを目にした。
正直、身体と胸が震えた。
年上の人だから当たり前ではあるんだろうけど、私なんかよりずっとずっと上手かった。
もしかすると、プロやインディーズでやっていけそうなくらい、キャサリンさんの腕前は見事だったんだ。
そんな腕前を持つキャサリンさんなのに、今は高校の音楽の先生をやっている。
勿体無いな、って正直思う。
もっと別の場所でその技巧を活かせるはずなのに、って。
昨日までの私はそう思ってた。
折角のギターの技巧を誰にも見せずにしておくなんて、勿体無いしとても悔しい。
壁を感じ始めてる私としては、特にその気持ちがあった。
昨日までは……。
でも……。
私の心は少しずつ変わり始めてるって、そんな気もする。
卓越した技巧を持つという事。
音楽的な才能を持つという事。
どちらも羨ましいし、私は今までそのどちらも喉が出るほど望んでいた。
『一生に一度のお願い』って卑怯な方法に頼ってでも、凄く手に入れたかった。
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