63:猫宮[saga]
2012/09/18(火) 19:16:47.10 ID:ut//4wCb0
▽
「梓ちゃんも音楽をしてるんだよね?」
帰宅後、夕飯を食べて一息吐いた時、憂ちゃんが少し躊躇いがちに私に訊ねた。
そんなに遠慮しなくてもいいのに、とは思ったけど、
そういえばまだ憂ちゃんに私が音楽をしている事を伝えてなかった気がする。
軽音楽部を見学に行きたいってだけで、
憂ちゃんには伝わってるだろう、って一人で勝手に勘違いしちゃってたみたい。
そうだよね。
ちゃんと伝えないと、私が音楽をしている事なんて分かるはずもないよね。
私は自分の勝手な思い込みに首を振ってから、小さく頷いて言った。
「そういえば、まだ言ってなかったね。
うん、私、小学生の頃から音楽をやってるんだ。
こう見えて音楽一家なんだよね……、って家を見れば分かるけどね。
レコードとかたくさんあるもんね」
私が苦笑すると、憂ちゃんは安心したように微笑んでくれた。
訊いちゃいけない事だと思っていたのかもしれない。
でも、そう思われても仕方無いか……。
憂ちゃんのお姉さん達の軽音楽部に見学に行きたい、
って頼んでおきながら、自分が音楽をやってる事を口にしないなんて不自然過ぎる。
今だって……。
そう。
今だって、私は音楽をやっているとは伝えたけど、楽器の話を自分からしていない。
自分がギターを弾いてる事を、自分から伝えられてない。
その方が凄く不自然なのに、私は自分からギターの話をするのを避けてしまっていた。
自分でも何故だか分からないけど、口にしにくかった。
だけど、憂ちゃんももう気付いてると思う。
私が演奏している楽器はギターなんだって。
分からないはずがない。
だって、私の部屋の片隅には、ケースの中に入れられたギターが置いてあるんだから。
弾かないなら押し入れの中に片付けておけばいいのに、未練がましく部屋の隅に置いてあるんだから。
でも、憂ちゃんはそのギターについては何も訊かなかった。
憂ちゃんは人の気持ちに立って気配りの出来る子だ。
私がギターの事について触れない以上、触れてはいけない話題だと思ってくれたんだろうと思う。
だからこそ、憂ちゃんは勇気を出して、音楽の事だけについて訊ねてくれたんだろう。
憂ちゃんの気配りを申し訳なく思いながら、私は部屋の片隅のギターに視線を向けてみる。
受験勉強のために練習を中断してから、一度も弾いていないギター。
あの子との繋がりだったはずのギター。
一人で弾きたくなかったギター。
今度弾く時はあの子と一緒に弾きたい、ってそう考えていたギターだ。
でも、今なら、多分、弾いても……。
そうだよね、一人で弾くのは嫌だったけど、
憂ちゃんと一緒なら別に孤独を感じる事なんて……無いよね……?
うん、と一人で軽く頷いてみる。
今は『一生に一度のお願い』を考える時なんだもんね。
色んな事を経験しておいた方がいいはずだよね。
本当にやりたい事、本当に叶えたい事のために、
多分だけど、避けていた事もやっておくべきなんだ……。
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