97:猫宮[saga]
2012/11/16(金) 19:17:58.06 ID:hyTDBNXf0
▽
人の家に無断で入るのは初めてだった。
小学生の頃、家の鍵は開けてるから勝手に入って休んでてよ、
って当時の友達に言われた事はあったけど、何となく気後れしてしまってそれも出来なかった。
家はその人の踏み込んではいけない領域なんだって、幼いながらにそう感じていたのかもしれない。
だからこそ、私が人の家に、人の部屋に無断で入るのは、今日が初めてだった。
やっちゃいけない事だって分かってる。
こんな事なんかやっちゃいけないんだって。
でも、私はそれを分かっててやっててしまってる。
そんな私には反省する資格すらも無い。
『一生に一度のお願い』を叶えてもらう資格だって無くなるだろう。
それでも、私はこの場に立っている。
嫌になるくらい激しい鼓動に息苦しくなりながら、
全身が自己嫌悪と罪悪感に震わされながら、
決して逃げ出さずに、投げ出さずにあの子の部屋に立ってしまっている。
立って、あの子――いや、この子――の横顔を見つめている。
私の大切な友達。
ずっと一緒に音楽を続けて来た友達。
これからもずっと一緒に音楽を続けていきたい友達。
受験のせいで引き離されてしまったけれど、
受験が終わればまた元通りに二人で音楽を演奏出来る……。
そう信じていた……、そう信じていたかったこの子。
私が無断でこの子の部屋に入った時、既にこの子は勉強を始めていた。
色んな事に不器用で、勉強が苦手で、勉強する事自体も苦手で、
試験週間にはいつも私に泣き付いて来ていたこの子が、自主的に勉強を始めていたんだ。
いつも私に見せていた勉強への嫌悪感の表情も見せず、ただ真剣に。
きっと夏休み中もこうやってずっと勉強してたんだろう。
私がこの子を避けて、一人で悩んで部屋の中で佇んでいた時にも、ずっと。
本気なんだなあ、って思った。
この子は自分の将来に本気なんだ。
自分が不器用な事だって、勉強が苦手な事だって百も承知。
だからこそ、その分、努力してる。
私とずっと続けてた音楽の練習も中断して、大好きなはずの音楽からも離れて。
この子だって私との音楽を楽しんでくれてた……、と思う。
最初こそ初心者丸出しだったけど、上達も遅かったけど、
たまにセッションしてみて上手く演奏出来た時のこの子の顔は眩しかった。
音楽を好きになってくれたんだ、って思えて凄く嬉しかった。
この子の笑顔をずっと傍で見ていたかった。
「私だって……」
小声じゃなく、結構大きい声で呟いてみる。
勿論、この子は私のその呟きには気付かない。
今の私はそういう状態になってるんだから、当然だった。
でも、だからこそ、私はまた呟いた。
自分の選んだ決心を揺らしたくなくて、選んだはずの将来を信じたくて。
私は大きな声で呟いて……、ううん、言ってみせた。
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