22:聖娼婦るなるな 2/6 ♯はみ出る
2012/08/13(月) 00:17:53.84 ID:x3dEhYxz0
「いつも通り、お祈りだ。でも、同生たちの間での夏祭りがあるらしい。そっちにいこう」
同生というのは父さんと僕の信仰している宗教での他の信者の呼び名だ。今はその集会へ行く夜道の途中だった。ポスターを照らす電灯には集まった蛾が
くるりくるりと奇妙に踊っていた。
「へー、蛾も盆踊りをするんだな」という明るい声が脳内で再生された。笑い声つき。母さんの笑いと声だ。もう一年前の会話なのに良く覚えている。
覚えてるのは、きっと、その直後に母さん自身が踊ったからだ。ばかばかしく、蛾が踊るように倒れたからだ。倒れ、頭をコンクリートに強打し、地面に
円く血を広げたからだ。
「さあいこうか。遅れないよう。そうだ! 帰りはファミレスにでも行こうか」父は笑って言う。
進む父の後を追いかけながら後ろを振りかえる。
ポスターには多少の違和感が残った。絵が微妙だとか。浴衣のアメリカ人が微妙だとか。それが、戦争という深刻なことだとか。
ポスターのように母さんの倒れた後の生活は違和感があった。血が円く広がるように、違和感はすべてのことに広がって行った。薄く、そのくせぎらぎら赤く。
僕は言葉を反芻する。
? I WANT YOU?
「神は君の母を欲しがられたのだ」
父さんは母さんが治るようになんでもやった。治すためにというより自身の精神の安定のためだったかもしれない。そしてその中の一つにこの宗教があった。はじめての祈祷ののち、母は一時的に良くなった。そして父はこの宗教にはまり込んでいった。
母がその後死んでもだ。
「神は君の母を欲しがられたのだ」
それが本当かはわからなかったが、ただ、僕たちの宗教が信者を欲しがっているのだけは分かった。
僕たちは夜道を歩いた。
反芻する。
「神は君の母を欲しがられたのだ」
僕たちは夜道を歩いた。
2、宗教
集会場は大きな和風の家だった。小さめのお寺くらいはあるだろう。門に不似合いなチャイムを鳴らす。びーごー。
「みんな来てるおります」「今日も救いを」「祈りを」
インターフォンはそう矢継ぎ早に機械音を発する。誰かも確かめないうちに。名も名乗らないうちにだ。
この声は教祖の夫の出口冠源次郎さんだった。聖蛇(せいだ。この宗教の神話上生物で、転じて教祖の夫という役職名を表す)の顔を思い浮かべる。僕は
少し舌打ちする。恰幅の良い体に異様に肉の削ぎ落とされた眼球廻りが特徴の人だ。だかれの飛び出るような眼球は多くの者を怯ませる。蛇ににらまれた
蛙のように。父さんはインターフォンの前でも少し小刻みに頭を下げ返事をしている。
怯えたそののち。教祖の神秘性と、聖女の優しさに、まるのみされるのだった。
僕と父さんは門の前で一礼してから中に入って行った。がらりと引き戸を開けて入ると、そこはほとんど異世界だった。
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