過去ログ - 春香「ねぇプロデューサーさん?」
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3:2/2[saga]
2012/08/22(水) 22:51:27.89 ID:zi9nDhH8o
「疲れて事務所に帰ってくるだろ?」
「はい」
「そしたらさ、小鳥さんが笑顔で『おかえりなさい』なんて言ってくれるんだよ」
「そうでしたっけ?」
「あぁ……その笑顔と魔法の呪文を聞けば、疲れなんて一気に吹き飛んでしまうんだ」
「なんとなーくわかる気がします」
「家に帰ったときもそれを味わえるようになるってのは、かなり魅力的な話だと思うけどね」
自宅の玄関に立つ小鳥さんの姿を想像してみると、いつもの事務服を着たままだった。
酷く乏しい自分の想像力と、脳に刷り込まれてしまった小鳥さんの事務服姿に、思わず笑みがこぼれる。
きっと小鳥さんのことだから『私とお風呂? 私を食べる? それともコ・ト・リ?』とか尋ねてきて、
俺に適当にあしらわれて、頬を膨らましながらポコポコとネコパンチをしてくるんだろうなぁ………
その後もずーっと機嫌が悪くて『はぁ〜ぁ、Pさんに相手にされないなんて寂しいなぁ〜』とか言っちゃって……
『小鳥は寂しいと死んじゃうんですよ!』
『それはウサギでしょ?』
『ウサギだって一羽二羽って数えるんですよーだ!』
とかそんな会話を………おっと失礼、妄想が過ぎたようだ。
良いことなのか悪い傾向なのか、最近どうも小鳥さんの妄想癖が伝染ってきたな。
「どうって……とか言ったわりに、結構理由持ってるじゃないですか」
「いやだから、あんな素敵な人と親密になれたらいいとは思うよ?
でもそれはただの憧れであって、実際にそういう関係になれるとは思ってない」
「ん〜そうですかねぇ〜」
春香はアヒルのように口を尖らせて、首を傾げた。
納得していないと言いたげな顔をしているが、春香が納得してくれなくても、これは事実なのだ。
男は幼い頃に一度はウルトラマンや仮面ライダーになった自分を想像したりするものだが、
同時に、幼いながらもどこかその夢が実現できないものだと認識していたりする。
俺が小鳥さんに対して抱いている感情が、成就することのないものだという認識は、
その幼い頃の無意識的な悟りと同様にして、長い年月が経った後に
愚かな夢を持ったものだと振り返る材料にしかならないのだ。
「なにより小鳥さんみたいな人、俺にはもったいないさ」
アヒル口と首傾げに加え、今度は眉までしかめる春香。
『意気地なし』と言われているようで、チクリとしたものが心に刺さる。
「それに、俺のことなんてなんとも思ってないはずだ」
多分そう……恐らくそう………いや、きっとそうであるはず。
小鳥さんに対する憧れは確かにあったが、自分に対して恋愛感情を抱いていないと分かっているからこそ、
気付かない間に小鳥さんに対し、そういった感情を抱かないようにしていたのだろう。
勝手に自分自身で結論をつけ、顎を摩りながら、うんうんと二度ほど頷いてみたのだが、
お隣に座る春香さんはどうも納得してはいただけぬご様子で、指をこめかみに当てて考えを巡らせている。
「……好きではあるんですよね? 小鳥さんのことが」
「う〜ん、そこんとこはよくわからん」
実際に今日こうして春香に尋ねられるまで、深く考えたことなど一度も無かった。
俺がそうなのだから、小鳥さんも俺のことをそうマジマジと考えることなんて無いだろう。
赤信号に引っかかり、決して新しくないこの車はしっかりとアイドリングを継続させている。
いつの間にか沈黙へと回帰してしまった車内にはエンジン音だけが轟いていた。
「はぁ……」
春香は横断歩道を渡る人並みを目で追いかけながら、小さく短い吐息を漏らした。
それがどのような感情が反映された溜息なのか、俺には分からなかった。
ただ、これは俺の考えすぎなのか、春香の目はその群集の中にまぎれた、
しっかりと手を繋ぎ歩いていくカップルに向けられているように見えて仕方がなかった。
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