815:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2013/01/06(日) 23:56:41.80 ID:VyIo5u+Ro
編集長に海外出張を打診されたとき、僕は最初戸惑った。それはヨーロッパの音楽祭を
連続で三つ取材するのが目的だった。取材費に限りがある専門誌だったこともあり出張さ
せるのは記事作成兼写真撮影で一人だけ、あとは現地のコーディネーターと二人でやれと
のことだった。音楽祭の日程が微妙に近いせいで出張期間は約三ヶ月だった。
家庭はうまく行っていた。麻季との仲もそれなりに円滑になっていたし、何よりも子ど
もたちについて何の心配もない状態だった。この頃の僕の帰宅は相変わらず遅かったけど、
麻季がそのことに文句を言ったり悩んだりする様子もなかった。それでも僕は内心麻季や
子どもたちに会えなくなるのは寂しかった。
わがままは言えないことはわかっていたし、編集部の中から選ばれたことも理解してい
た。今まではこういう取材は自ら音楽祭に赴く評論家に任せていたのだから、自社取材に
踏みきった意味とそれを任された意味は十分に理解していた。
この頃の家庭が円満だったせいで僕は編集長に出張をOKした。業務命令だったので了
解するのが当然とは言えば当然だったのだけど。
その晩、麻季に出張のことを伝えたとき、どういうわけか麻季はすごく不安そうな表情
をした。
「麻季、どうしたの? 大丈夫か」
「うん。ごめんなさい。大丈夫だよ」
麻季が取り付くろったような笑顔を見せた。
「博人君に三ヶ月も会えないと思って少し慌てちゃった。でもそんなに長い間じゃないし、
博人君が会社で認められたんだもんね」
「ごめんな。でも仕事だから断れないしね」
「わかってる。奈緒人と奈緒のことはあたしに任せて。奈緒は三ヶ月もすると相当成長し
ているかもね」
「それを見られないのが残念だけど。でもたった三ケ月だし辛抱するよ」
僕は奈緒を抱きながら麻季に言った。
「奈緒人は?」
「珍しく奈緒より先に寝ちゃった。いつもは奈緒が隣にいないと文句言うのにね」
奈緒の方も僕に抱かれらがらうとうとし始めていた。この頃になると奈緒の顔立ちはは
っきりとしてきていた。奈緒は将来美人になるなと僕は考えた。玲菜の可愛らしい表情と、
認めたくはないけど鈴木先輩の整った容姿を受け継いだ奈緒は、当然ながら奈緒人とは全
く似ていなかったのだ。
「奈緒をちょうだい」
麻季はうとうとし始めた奈緒を僕から受け取って奈緒人が寝ている寝室の方に連れて行
った。
やがて戻ってきた麻季が僕に抱きついた。麻季は不安そうな表情だった。僕は麻季を抱
きしめた。
「博人君好きよ。あなたがいなくなって寂しい・・・・・・早く帰って来てね」
そのとき麻季が何を考えていたかは今でもわからない。
それから二月後取材を後えてホテルで休んでいた僕の携帯が鳴った。日本の知らない番
号からだった。僕が電話に出ると女性の声がした。
「突然すみません。こちらは明徳児童相談所の者ですが」
その女性は僕が奈緒人と奈緒の父親だと言うことを確認するとこう言った。
「奈緒人君と奈緒ちゃんは児童相談所で一時保護しています。奥様が養育放棄したためで
すけど」
僕は携帯を握ったまま凍りついた。
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