過去ログ - 削板「久し振りだな、百合子！」 -SS速報VIP

過去ログ - 削板「久し振りだな、百合子！」

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568: ◆vJdWGs9njs[sage saga]
2013/04/26(金) 21:24:55.09 ID:ddvH/7nlo
「お前、イルミネーションとか好きだったか。」

「イルミネーションはともかく、こォいう隠れ家みてェな場所は嫌いじゃねェ。」

彼女たちが今いる廃ビルは路地裏の放棄された建物の中でも特殊な存在だった。この近隣のビルは度重なるスキルアウトのテロ行為でどれもこれもガタが来ているらしく、いつ崩壊してもおかしくないなどと言われているらしい。ためにスキルアウトですら滅多に近寄らない場所で、彼女たちのように能力に自信がなければこの場所でのんびりとデートするなど思いもよらないだろう。
だが、お陰で人が少ないのが彼女のお気に召したらしい。ビルが複雑に入り組んだこの街で、三方向にそれぞれ別のイルミネーションが見渡せる場所というのは他にないだろう。そういう浮ついた趣味があるかどうかは置いておいて、確かに秘密の場所を持てたような妙な高揚感がある。

そのとき強い風が吹いて、彼女が少し震えた。

「百合子、寒いのか。」

以前だったら少年は彼女にこんなことは訊かなかっただろう。本来彼女は、寒いだとか暑いだとか、そういうものとは無縁の存在であった。
だけれども彼は、今ではその細い手がかじかんでいるのだとか、元から細い体がきゅっと縮こまっているのだとか、白い頬がほんのり赤く染まっているのだとか、そういうことに気付いていた。彼女が極々当たり前に12月の寒さを享受しているのに気が付いていた。

「寒い、なァ。」

まるで彼が隣にいることを忘れてしまったかのように、独り言をぽつりと落とすように、ふとしみじみと何か考えこんでしまったときのように、彼女は真っ直ぐ前に視線を向けて小さく言った。寒さが辛いとか、苦しいとか言うのではなく、ただ事実を述べただけの一言だった。

「寒いって、こういうことだったンだなァ。」

遠くに見える木々はみな冬の装いに変わっていて、彼女が飲むコーヒーも最近専らホットばかりである。ある同居人は肌が乾燥して仕方がないと愚痴を零して、別の同居人は職場で風邪が流行っているからとこちらにもうがい手洗いを徹底させた。
そんなもの全て、これまでは何年も気にしたことがなかったのに―彼女はまるで知らぬ土地に連れて来られたかのように、新鮮な驚きを感じていた。

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