323:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2013/07/24(水) 23:43:17.97 ID:WX+iqy8+o
「ストップ!」
「・・・・・・何で?」
有希ちゃんが不思議そうに顔を傾けた」
「どうしてもだよ。もういいよ、聞きたくない」
「唯ちゃん、変なの」
変なのはあんただ。前から大人びている子だと思ってはいたけど、この年になれば男親
のそういう行為を目撃したら少しは悩むべきじゃないか。いったいこの子は無邪気なのか。
それとも恐ろしいくらいに早熟なのか。
自分のボスに対して特別な愛着はないけど、それでも身近な人物のそういう話を聞かさ
れるのは嫌だ。今の話だけで確定というわけではないけど、これだけでもこの先ボスと普
通に会話できる気がしない。
「唯ちゃんが嫌ならやめるよ。もっと面白い話もあったのに」
「もういいよ」
この話を始めて聞いたときには本気でもういいと思った。でも、その後もピアノのレッ
スンの合間に気まぐれにあたしを訪ねてきた有希ちゃんは、意味深で気になる話をしたが
った。この年齢なら学校の友だちとかピアノ教室のライバルとかの話をしたがるのが普通
だろうに。
よく考えてみればあたしは有希ちゃんの同級生やピアノ教室での交友関係の話を聞いた
ことはない。今にして思うと、有希ちゃんはあたしに救いを求めていたのではないだろう
か。一見天真爛漫に父親の性癖を語っていた彼女は、六年生になったある日からこの手の
話を一切しなくなった。彼女に何があったかはわからないけど、さすがに年頃になった有
希ちゃんも恥じらいという感情を覚えたのだろうとあたしは考えた。
この頃から中学二年生になるで、もう有希ちゃんはあまり事務所に顔を出さなくなって
いた。育児というほどではないけど、その真似事をしている気になって満たされない想い
を満足させていたあたしは少しだけ寂しく思った。内心では有希ちゃんも年相応の友だち
と一緒に過ごすようになったのだから、そのことを喜んであげるべきだと思ってはみたけれど。
有希ちゃんとは仕事中に滅多に会わなかったあたしは、同時にこの頃になると太田先生
からも直接指示を受けたり、結果を報告したりする機会が極端に減った。いったいこの親
子に何があったのだろう。あるいは何もなかったのかもしれない。普通の家庭ならありが
ちなように有希ちゃんも父親や父親の職場に興味をなくし、普通に同級生の男の子に夢中
になったり、あるいはピアノに熱中していたのかもしれない。
それが普通なら健康的な小中学生のあるべき姿だったし、あたしは一抹の寂しさを感じ
ながらも有希ちゃんもあたしから卒業したんだなって思った。奈緒人や奈緒との別れのと
きのような寂しい感情はなかった。何年間に及ぶ有希との交流は、奈緒人と奈緒との数ヶ
月よりははるかに長い。でも、その密度は比べようもなかったから、あたしは以前の別離
のような世界が崩壊するようなあの感覚を再体験することはなかったのだ。
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