過去ログ - 1~2レスで終わるSSを淡々と書く
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11:1/1[sage saga]
2013/03/15(金) 18:21:38.31 ID:JLyRmb8y0


電車から降りるとき、私はいつも不安になる。

なにか落し物をしてはいないか、
大切な何か(それが何かは分からないが)を電車の中に置き忘れてしまっているのではないかという不安に駆られる。

去年は、携帯電話をうっかり置き忘れ、
一昨年は、大事な書類を取り戻しに2つ隣の駅まで走った。

私たちを乗せて颯爽と走る電車は、私には冷たい。
ある晴れた日の朝、私は声を電車の中に置き忘れていた。
普段からあまりおしゃべりをしない私は、自分の声がなくなっていることに気付かなかった。
気付いたのはその日の午後、思い出せなかった歌詞を口ずさもうとした時だ。

「……」

なんということだ。声が出ない。
さて、どうしたものか。
探そうにも探す手段が分からない。

困った私は、何を思ったか担任の先生に相談した。あまり親しいわけでもないのに。

「んー?なになに…声を取り戻す方法?」

テレビのカンペのようにスケッチブックに書いて事情を説明した。
先生は、ふぅんと頷くと机の中からゴソゴソと何かを取り出し、私の前に置いた。

「これで、置き忘れた電車を調べてごらん」

先生は落ち着いた表情で、昔を懐かしむかのように一言だけ呟き、お茶を汲みに行った。
ふむ、マイクと録音機、それとヘッドホン。

他にどうすることもできないので、私はそれらをお気に入りのバックに詰めた。
私の家と学校は、町外れにまで伸びた線路に沿って同じ直線状の位置にある。
電車に乗れば15分で家につくが、歩くとなると1時間近くかかってしまう距離だ。

私は、家と学校のちょうど中間地点。綺麗なコスモスが咲いている踏切の傍に立ってマイクのスイッチを入れた。
風の音。風を切る音、電車はもう少しで私を通り過ぎる。
いつも耳障りだと思っていた車輪の音は、目を閉じて聞いてみるとそこまで不快なものではなかった。
よく耳を澄ませてみると電車の中から多く人々の声が聞こえた。
電車はそれを全て包み込み、私たちの帰るべき場所まで運んでいるかのようだった。

風が私を通り越した。

「32点」

私は、ヘッドホン外して録音のボタンを切った。
あの颯爽と走り去っていった線路には静寂と、私の声が残っていた。
あの電車は今日も誰かの思いと言葉を乗せて走り続けるのだろう。

さて、家に帰ろう。


家に帰ったら、親に言い出せなかったテストの点数の話をしようと決断した。



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