過去ログ - 奉太郎「軽音楽少女と少年のドミノ」
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8: ◆2cupU1gSNo
2013/06/16(日) 17:53:23.60 ID:4CLfavx30
2.六月十三日
「うわっ!」
甲高い女の声だった。
それで喧騒というほどではない程度には話し声が聞こえていた古典部の部室が一気に静まった。
声質はよく聞き覚えがあるものだった。
人の声を記憶する特技があるわけじゃないが、
学校がある日はほぼ毎日聞いているその声質を聞き間違えるはずがない。
そもそも今日の古典部の部室に女は一人しかいなかった。
つまり考えてみるまでもなく、甲高い声を上げたのはその女ということになる。
だが、その女がその声を上げたとは、俺にはにわかには信じがたかった。
それくらい俺たちにとって常軌を逸した事態だったのだ。
その日、六月十三日。
部室には三人の部員が集っていた。
俺、里志、そしてもう一名
その声を上げたのが伊原であったのなら、俺たちも目を剥いて言葉を失う事はなかっただろう。
伊原の「うわっ!」という悲鳴に似た声を聞いた事はなかったが、あいつならばまだ頷けた。
しかし伊原は用事があるとかで部室に顔を出しておらず、声を上げたのは当然別の女だった。
別にもったいぶる必要もない。
ないのだが、もったいぶりたくなるくらい、その時の俺は動揺していたのだ。
甲高い声を上げたのは千反田だった。
千反田える。
楚々とした印象を周囲に与える古典部の部長。
楚々とした、だ。
知れば知るほどこいつの本質は楚々とは程遠いものと理解できるのだが、それでも。
謎や疑問に対する好奇心が絡まなければ、楚々としたお嬢様であることも確かだった。
故に俺は言葉を失ってしまったのだ。
千反田を一年以上それなりに見てきてはいたが、
「うわっ!」という素っ頓狂な調子の甲高い声を聞いたのは初めてだったからだ。
千反田の叫び声を聞いた事がそれほどあるわけではない。
興奮した様子は何度も見てきたが、悲鳴を聞いたことはこれまでなかったはずだ。
それでも言い切れる。
千反田の叫び声にしては、俺の中の印象とはあまりにも異なり過ぎていると。
「きゃっ!」だか「きゃあ!」だか「いやっ!」だか。
少なくとも俺の中では千反田はそういった類の悲鳴を上げる印象だった。
当然だが勝手な印象だ。
もしかすると俺の想像も寄らない悲鳴を上げる可能性も大いにある。
それでも「うわっ!」だけは完全に俺の中の千反田像とは異なっていた。
「うわっ!」だけはありえない。
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