過去ログ - 奉太郎「軽音楽少女と少年のドミノ」
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9: ◆2cupU1gSNo
2013/06/16(日) 17:54:15.30 ID:4CLfavx30


「千反田さん、どうかしたのかい?」


おそらくは里志も俺と同じ印象を持っていたらしく、珍しく上擦った声で千反田に訊ねていた。
その表情には心配といった文字がうかがえる。
特に里志の場合、突然悲鳴を上げるまで千反田と会話していたのだ。
その動揺はまず間違いなく俺以上だろう。

確か「千反田さんは二〇〇一年宇宙の旅を読んだことがあるかい?」と、
里志は部室に入ってすぐ話を始めたはずだ。
「題名だけは耳にした事があります」と千反田が応じ、
それから里志のSF論やSFの歴史についての講釈が始まった。
ちなみに俺は読んだことがない。
確か宇宙人とのファーストコンタクトを題材にした小説だったろうか。

特に興味があるわけではなかったので、
俺はその講釈には軽く耳だけ傾けて、文庫本に目を落としていた。
姉貴が俺の部屋の前に放り出していた文庫本なのだが、存外に面白くページをめくる手が止まらなかったのだ。
それにしても一度も目にしたことがない著者だというのに、姉貴はどこからこういう本を仕入れてくるのだろう。
まあ、どこかから仕入れてくるのだろうし、仕入れ先がそれほど気になるわけでもない。

里志の講釈は盛り上がっているようだった。
千反田は興味深そうに感嘆の声を上げながら頷き、里志も満足気に弁舌をふるっていた。
確かに好奇の対象が合致した際の千反田ほど理想的な生徒はいないだろう。
少なくとも俺に雑学を披露するよりは遥かに有意義に違いない。
ともあれ、部員同士の仲がいいにこしたことはない。
それから十数分後。
文庫本の内容が盛り上がる展開に差し掛かった頃、部室に響いたのだ。
その千反田の「うわっ!」が。


「僕の話に何かおかしいところでもあったのかい?」


伊原に叱られている時以上に切羽詰まった表情で里志が続ける。
千反田はその大きな瞳を見開いて押し黙ったままだ。
何度か里志が俺に助けを求めるように視線を向けたが、事態が呑み込めない以上俺にもどうしようもない。
大体、千反田と話していたのは里志であって、俺は文庫本を読んでいただけなのだ。
俺に何ができると言うのだろう。

だが俺にも一つだけ言えることがある。
軽く耳を傾けていただけではあったが、里志の講釈におかしな点はなかったはずだということだ。
『氷菓』の話を聞かされた幼少期の千反田じゃあるまいし、
そもそも単なる古典小説の話題で悲鳴を上げることなどないだろう。
怪談が苦手な人間ならありうるのかもしれないが、
残念ながら千反田は怪談を物語として楽しめる感性の持ち主なのだ。
ならば他に千反田が悲鳴を上げる理由があるということになるが。
それこそ文庫本を読んでいただけの俺には知りようもない。
里志には悪いが心当たりを片っ端から当たってもらうしかあるまい。
もちろん、里志自身もそれを深く理解しているようで、必死に千反田に訪ね掛けていたが。


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