59: ◆m03zzdT6fs[saga]
2013/06/23(日) 01:21:05.31 ID:VUQNs9y0o
(終わった、な)
俺は心中で、そう独語した。目の前のちっぽけなオフィスの中には、もう何もない。デスクも、ロッカーも、簡易の更衣室も、何もない。全て引き払った。
茄子さんが移籍してもうすぐ二週間になる。彼女の消息は聞かないが、きっと上手くやっているのだろう。便りがないのは元気な証とも言う。
もっとも、俺の連絡先を彼女は知らないだろうから、便りを出すこともできないのだろうが。最初に渡した名刺も、この事務所のものだ。その電話も、解約した。
シンデレラガールズ・プロダクション以外の、面識のある人には、事務所を畳むことを伝えている。もう迷惑は掛からないだろう。
所詮は零細プロダクションだ。こんな事務所は世の中にごまんといる。そのうち一つが潰れたところで、業界に砂粒を投げ込んだ程度の波紋も出ないだろう。
あのプロダクションに伝えなかったのは、正直言うと、茄子さんにそれが伝わるのを怖がった。無いとは思うが、俺が消える前に彼女が俺の所へやってきたら。いろんな決意が壊れてしまうそうで。
彼女と今喋ってしまえば、胸が張り裂けそうになるだろう。今ならいろいろなことが、正直に口からこぼれ出そうだった。そんなのは、俺には許されない。
四年前と同じように。猫のように、いなくなるときは唐突に、そして静かにいなくなるべきだ。彼女をこれ以上、煩わせてはいけない。後は全部任せたのだ。テレビに出てくるその日まで、俺は待っていればいい。
もっとも、かっこいいことを言っているように聞こえる多くは、俺のエゴだと思う。こうやって、自分の中で予防線を張っているのが、いい証拠なのかもしれない。達観ではない。彼女に責められたくないからだとも、重々承知の上だった。
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