365:海へ行く日(お題:サヨナラ)2/3 ◆Yiyjt.sk4Y[sage]
2013/08/16(金) 05:26:17.15 ID:SlbyiViy0
私は熱せられた分厚い木のテーブルの上に横たわっていた。強く黄色い夏の
日ざしが、台所の小さな窓から差し込んで私の目の上に直接照りつけていた。
シンクの前には逆光になった黒い人影が立っている。冷房も扇風機もないこの
ログハウスの中で、その人影はやけに厚着をしているように見える。白く長い
エプロンが脚のあいだや脇からひらひらしているのが見える。
私は大の字に寝そべっていた。体を起こそうとしたが、腕が持ち上がらない。
最初は疲労のあまり力が入らないのだろうと思っていたが、何度か起きようと
試みるうちに、まず、胴に革製のベルトが巻かれており、それが私をこのがっ
しりとした木製のテーブルの上に押さえつけているのだと知れた。解こうとす
ると、手首にも同じような革の手錠のようなものが巻かれていることが分かっ
た。かろうじて首を起こしてみた。足首もやはり動かないよう固定されている。
視線を感じたので台所の方を見やると、大きなガスマスクのような仮面をかぶ
った男がこちらをじっと見ていた。手には何か棒状のものを持っている。半身
をねじったために見えたエプロンの表には、黒っぽいシミがべったりと付着し
ている。男はこちらに向けて何かもごもごと言ったが、聞き取れなかった。た
だ不吉な、呪いのような空気だけが私と男の間に漂っていた。こめかみから大
きな汗の雫がじっとりと時間をかけてテーブルに落ちていくのが分かった。
男はこちらへのそのそと歩きだしていた。私は必死になって胴や、手首や、
足首の拘束具をガタガタ言わせた。何度もすばやく体を反らせ、よじり、この
状況から脱しようと試みた。そしてふと、手首に巻いてある手錠の革の表面に、
懐かしいある感じを覚えた。その革の表面には繊細な筆記体で、アルファベッ
トのようなものが刻まれていた。『S.M』。そのイニシャルは、私の婚約者のも
のだ。彼女の癖のある細い字。それがそのまま手錠に刻まれているのだ。私は
なぜだか、とても落ち着いた気持ちになった。男のことも気にならなくなった。
ただ彼女と出会った夏の日の、美しい海辺の波の音や、彼女のスカートのひら
めきや、日焼けして皮の剥けた自分の鼻のことを思い出した。男は棒を振り上
げ、私の側頭部を一撃した。私は強い衝撃を全身に感じ、体は強くのけ反り、
跳ね上がった。
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