780:島本さんが分からない(お題:折り畳みかさ) 6/6 ◆/xGGSe0F/E[sage]
2013/10/21(月) 02:02:26.23 ID:NnV1TwCv0
「もう、あの馬鹿たち……」
当の島本さんは、頬を少しだけ赤くしながら、恥ずかしそうにずんずんと歩みを進め、僕の手を無理やり引っ張っていた。
正直かなり痛い。島本さん力強すぎ。握力強すぎ。
「島本さんって、力強いね」
僕がそう言ったら、なんだかちょっとだけ睨まれて、思いっきり肩をぶっ叩かれた。
「もうっ、そう言うのって、あまり女の子に行っていい言葉じゃないでしょ!」
何なんだ島本さん。さっきはご機嫌そうだったのに、なんでいきなり怒りだしたんだ。まったく島本さんが分からない。
ああ、まあそりゃあ、好きでもないやつから痛いだのと文句を言われれば怒るか。うん、僕の配慮が足りなかった。
「と言うかさ、佐伯君。折り畳み傘さしなよ? すっごい濡れてるし、それに私たちさ、佐伯君が傘差さないから、すごい
目立ってる……」
「あっ」
そう言われてみて、僕は唐突に自分が傘を差し忘れていることに気が付いた。が、よくよく考えてみれば――
「島本さんも、レインコート……着てないんじゃ」
「あっ」
島本さんはポカンとしたように、自分の服装を眺め、空から落ちる本降りの雨を眺め、濡れているお互いの姿を見て、そ
れから笑い出した。
「あ、あはは……いや、あー……うん。なんか、私たち、ちょっと馬鹿っぽいね。うん、なんか、あはは、面白くなってき
ちゃった」
そう言って島本さんは、急にまた吹き出した。それからまた僕の手を握って、振り回し始めた。
「なんだか、私たちは案外お似合いかもしれないね」
「そうなのかなー。僕は島本さんが全然わからないよ。でも、島本さんが楽しそうで良かった。あ、あとちょっとしたこと でも楽しそうに笑う人だってことは、分かった。あと、喜怒哀楽が激しそう」
「あー、そうかもね。うん、そうやってお互いの事を知っていくのがいいかもね。これから。ねえ佐伯君。良かったら後で、
佐伯君のアドレス教えてよ」
「う、うん。あの、僕でよかったら全然いいんだけど。え、もしかして島本さんって僕のこと好き?」
「うわぁ、すっごい! 佐伯君てビックリするぐらい思ったこと口にするんだね! うんうん、また一つ佐伯君の特徴が分
かったよ」
島本さんは誤魔化すようにそう言って、濡れた前髪を手櫛で整えた。
駐輪場に着いた僕らはずぶ濡れで、島本さんのショートカットの髪も、黒色のブレザーも、プリーツスカートも、ごまか
しようがないくらいに濡れていた。
「もう少しだけ、秘密」
「え?」
唐突に島本さんはそう言って、僕は思わず顔を上げた。
「佐伯君が好きかどうかって言うのは、もう少し秘密。仲良くなったら教えてあげる」
島本さんは下を向いてはにかむような笑顔で、僕を見た。それからすぐに、鞄からレインコートを取り出して身に着ける。
うむ、女の子ってわけ分からないな。なんか独特の考え方があるな。
「そうか。まあ、とりあえず折り畳み傘。ありがとう」
「ううん。いいの。気にしないで」
それから僕らは、ひどい天候の中を、ゆっくりと並んで歩いて行った。島本さんのことは何もわからない。僕をどう思っ
ているのか。僕とどう接したいのか。そして彼女の性格、好きな物、嫌いな物、血液型、正座、誕生日、好きな教科、好き
な食べ物、お気に入りのサイト、本は読むのか、兄弟はいるのか、音楽は好きなのか、秋の風の匂いは好きなのか、花火を
とても楽しそうな笑顔で振りまわすのか、楽しくなると踊り出したくなる気分になるのか。島本さんのことは何一つわから
ない。それでも、なんだか、島本さんは、僕にとって、このどうしようもなく続いていくシステムの中の、高校、大学、会
社と続いていくくだらないシステムの中の、太陽のような存在になる気がした。
島本さんが分からない。
それならば、この長い期間の中でゆっくりわかっていけばいいのだと言う気もする。せっかく邂逅したのだから、この偶
然のような関係を、大切にしていかなければいけない気がする。
故に、僕はこの折り畳み傘を大切にしようと、理屈じゃなしに思ったのだった。
それから、僕は当てにならない確信めいた気持ちを胸に抱いた。
これからは何故か、僕の人生では、雨が降らないような気がする。
サースデイ、放課後、折り畳み傘、自転車を連れた帰り。
事実は小説より陳腐なり。
嵐が僕たちの町を襲っている。
そして隣を歩く島本さんが分からない。
それはそれで、なんだか楽しそうな気がする。
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