786:You Wandering In The Teacup (お題:紅茶の香り) 1/10 ◆/xGGSe0F/E[saga sage]
2013/10/23(水) 02:48:12.78 ID:KgQvzn720
私が勤める企業もここ最近、めっきり業績を上げ、私自身もそれにつれて忙しくなってきていた。主に外国の家具を日本
に輸入して販売する企業に勤めているのだが、最近の外国家具ブームが始まる前から、我が社には先見の明があった。三年
ほど前から北欧の国のとある家具デザイン企業などと繋がりを持ち、そこから多く、安く家具を仕入れることが出来たのだ。
そしてその北欧製の家具が、日本の中で、我が社の予想以上のヒットとなったものだから、会社の経営も右肩上がりに良く
なっている。だから、私の勤める販売促進部の仕事も、倍以上に増えたのだった。しかしそれはそれで、私にとっては嬉し
いことなのだ。会社の経営が危ういのに忙しいなんて状況とは違い、ランナーズハイの様に、仕事が楽しいと言う状態が続
いている。
とはいうものの、ここ最近は、連日会社に泊まりっぱなしという状態になっていた。二週間ほど、私は一向に我が家に帰
れていない。
どうせ独り身であるのだから、家に帰ったところで誰も迎えてはくれないのだが、しかし時期を見計らって家に帰らない
と、とも思うのだ。なにせ請求書の支払いやら、部屋の掃除やらを済ませなければいけない。
「そろそろ帰るかあ」
そんなことを思い、喫煙室の中で、椅子にもたれながらそう呟いたのを後輩に聞かれていた。
「あー、そういえば先輩、会社に泊まりっぱなしですもんね」
後輩の塩見が、眠そうな顔をして私に笑いかけてきた。
「そうなんだよ。まあ別に女がいるわけでもないから、あんまり帰る気もしないんだよな」
「そう言うの駄目っすよ。家っていうのは、人が居ないとどんどん駄目になっていきますからね。変な虫とかも住み着きま
すし」
「おい、怖いこと言うなよ。俺、虫って苦手なんだから」
「まあ二週間ぐらいじゃそんなに変わらないと思いますけど、でも流石にそろそろ家に帰った方が良いんじゃないですかね。
もうそろそろ仕事もひと段落つきますし」
「うーん……そうだなあ。じゃあ、今夜あたりはちょっと家に帰ってみるかなあ」
「先輩も彼女が出来れば、もっと家を大切にすると思うんすけどねー」
「あいにく俺はお前みたいに所帯を持つ気はないんだよ。仕事一筋」
「なんか早死にしそうっすね」
「うっせ」
そう言って、お互いに疲れた顔で笑いあう。後輩と軽口を叩くと、やはり気分が安らぐのが感じられた。私の所属する販
売促進部はイメージとは違い、営業成績で争うなどのぎすぎすした感じはなく、人間関係も良い。だから何となく居心地が
よくなってしまうんだなと、そんな妙な感想を抱いている。しかし、今夜こそはしっかり帰ろう。そう心に決めて、私は煙
草の吸殻を灰皿の中に落とした。
「じゃあ、そろそろ仕事に戻るか」
「うへぇ」
塩見が嫌そうな顔したので、私は笑いながら彼の背中を叩いた。
それと同時に、塩見が何気なく私の方を振り向いて訊ねてきた。
「あっ、そいえば先輩。俺がお土産にあげた紅茶の味、どうでした?」
「ああ、あの不思議な味のする紅茶か。うん、最初はどうかと思ったが、だんだん癖になってきたよ。今じゃ結構ハマって
る。」
「そうですか。あれ、スリランカで麻薬って言われるほどに人気な紅茶なんですけど、紅茶好きの先輩にそう言って貰えて
うれしいです。あれ俺も気に入って、毎月仕入れるようにしたんで、良かったらこれからも分けてあげますよ」
「そうか、そりゃ嬉しいな」
「いいんです。社内でも好評みたいだし、先輩も近所の人にあげてみたら、冷え切ったご近所づきあいも解消されるかもしれませんよ」
「お前はいつも一言多いんだよ」
そう言って笑い合いながら、私はもう一回、彼の背中を大きく叩いた。
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