791:You Wandering In The Teacup (お題:紅茶の香り) 6/10 ◆/xGGSe0F/E[saga sage]
2013/10/23(水) 02:54:16.15 ID:KgQvzn720
そっと私から離れた彼女は、囁くように私の耳元で喋った。
「お風呂入れてくるから、ちょっと待ってて。あ、薬箱の位置は変えてないから、早め頭痛薬飲んだ方が良いと思う。あと、
まーくんの好きな紅茶、入れてあげるから。今日は蜂蜜も入れてあげるね」
私は目を瞑り、うとうととしながら、彼女の柔らかくたおやかな声を聴いていた。椅子にもたれたまま、先程の心から安
らぐような凛の感触を感じ続けていた。もうこのまま騙され続けてもいいかもしれない。いつの間にか奇妙な世界へ入り込
んでしまった感覚と共に、その世界の温かさに、つい私は呑み込まれてしまうような、そんな気分に浸ってしまっていた。
それから、私と凛の夫婦生活が始まったのだ。
何故か周囲の人物たちは、凛が私の妻であると、認識しているようであった。私に女っ気がないとからかっていた後輩の
塩見でさえ、唐突に、私が所帯を持っていると言う風に記憶をすり替えられてしまった様子で、私に接してくるのだった。
「いやー、凛さんみたいな奥さんがいると、やっぱ家に帰るのが楽しみになるんじゃないっすか?」
私と凛が出会った翌日に、喫煙室で彼は唐突にそう訊ねてきたのだった。私は、なぜ塩見が凛の事を知っているのか、そ
もそもなぜまるで世界が塗り替えられてしまったように、皆が皆、私と凛が夫婦であると思い込んでいるのか。全く分から
なかった。
「お前、凛を見たことあるのか?」
「やだなー、先輩。結婚式に俺も居たのに」
「結婚式? 俺と凛のか?」
「当たり前じゃないっすか。先輩仕事のし過ぎでボケちゃったんじゃないっすか?」
職場の他の人々や、私の知人友人たちも、当然、私と凛が夫婦であることを当然として接してきた。こうなると、まるで
私がおかしくなってしまったみたいだ。本当に凛と私が夫婦であり、私がそれを忘れてしまったかのように。私からしたら、
唐突に姿を変えた世界の方がおかしいのに、まるでその世界に入り込んでしまった私がおかしいかのように。
それでも、私は凛との生活を受け入れた。と言うか、むしろそれは幸福な生活だった。彼女の紅茶の香りも、作る料理も、
心の純粋さも、全てが私を包んで温めてくれた。
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