792:You Wandering In The Teacup (お題:紅茶の香り) 7/10 ◆/xGGSe0F/E[saga sage]
2013/10/23(水) 02:55:01.02 ID:KgQvzn720
そんな唐突に変わった生活が、三年ほど続いたころ。異変が起きた。
この生活になってから、是が非でも仕事を切り上げて毎日家に帰るようになっていたから、その日も私は午後十時に家へ
と帰りついた。
そして扉を開けて、中へと入る。夕食の香りと、彼女特有の紅茶の香りが、私の家特有の匂いとして、鼻をくすぐってくる。
「ただいま」
「お帰り! 今日も遅いのねー」
「ああ、明後日プレゼンがあるから、ちょっと資料の作成でね。まあ残りは家でもできるから大丈夫なんだが」
「あんまり無理はしないでね」
「ああ、ありがとう」
妻の相変わらずの気遣いに、疲れが癒される感覚を覚える。
夕食の席について、キッチンの方を覗き込んでみるが、しかし妻の姿は見えかった。いつもなら冷めた料理を温めるため
にキッチンに居るはずなのだが。先ほどもそこから声がしていたし、はて風呂のお湯を淹れにでも行ったのだろうか。
と、そんなことを考えていたら突然に目の前に夕食が現れた。私は思わずのけぞって驚いてしまう。まるでマジックでも
見るように、夕食がぱっと、瞬間移動してテーブルに現れたのだった。
「ふふふ、あなたっていつも驚くわねえ。また疲れてるんじゃないの?」
向かいの方からそう声がして視線を挙げたが、しかしそこに妻の姿はなかった。
私は内心首を傾げながら、また奇妙なことが起こっていると感じ始めていた。
「なあ凛。驚かすのは止めてくれ。どこにいるんだい?」
「あなたこそ何を言ってるの? 目の前に座っているじゃない。そんなにきょろきょろして、私の姿でも見えなくなってし
まったの?」
いつも通りの、優しい妻の声音が聴こえる。だが、やはり姿は見えなかった。確かに声は向かいの席から聞こえるのだが、
紅茶の匂いも、彼女の息遣いもそこから感じられるのだが、しかし何故か姿を捉えることだけは出来なかった。
そしてこの日を境にして、私は妻の姿を捉えることが出来なくなったのだった。
しかし私に周囲の人物たちは、今までどおり妻の姿が見えるものとして、姿形がある物として、当たり前のように接して
いた。事実、妻は存在しているらしかった。見えはしないが、扉が勝手に開閉したり、食事が運ばれてきたり、会話をする
ことが出来る。妻の魂だけは、そこに存在している。なので私としては、なぜ姿が見えなくなったのかは、あまり気にしな
かった。そもそもが奇妙な始まりだったのだ。異常なことが起こったとして、驚きはするものの、もうありのままに受け入れ
るしか、正常な思考を保って生きていく術は無いように感じられたからだ。
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