936:トイボックス 1/3 ◆D8MoDpzBRE[sage saga]
2014/01/05(日) 02:41:00.33 ID:Qp8iJvgzo
窓の外にはまばらに雪が残っている。帰省したばかりの僕に、この雪がいつ降ったもの
であるのか、見当もつかない。必ずしも東京で降る雪が珍しいと言うことでもないけれど、
山間の田舎であるこことは較べるべくもない。
部屋には灯油ストーブから漏れる揮発臭が淡くたち込めていた。実家住まいをいていた
子供のころ使っていた部屋だ。正確には、高校を卒業するまで使っていた勉強部屋だった。
二階の南西に面した角部屋で、夏場は西日がやたらとキツかったのを覚えている。
いざ社会人として数年を経過した今、ここでの暮らしを回顧してみるに、高校時代はや
はり子供時代の延長でしかなかったように思う。何がどうそうであるのかと訊かれれば言
葉に詰まってしまうが、とにかく印象の上ではそうなのだ。そしてこの部屋には、子供の
ころという言葉で一括りにされる、あらゆる記憶の断片が転がっている。
大晦日に実家に帰れば、部屋の掃除を手伝わされることは火を見るよりも明らかだった。
家主ならぬ部屋主がいなくなって十年が過ぎようとしているこの部屋も、掃除の対象とし
て例外ではない。両親によると、そろそろ趣味なんかで使う部屋がほしいとのことであり、
要はこの部屋をきれいにして明け渡せということだった。ならば両親が好きに片づければ
いいと思うしそれが筋なのだろうという気もするが、僕に断りなく昔の所持品を処分する
のも気が引ける、などいうもっともらしい理由とともに、その雑事を押し付けられる羽目
となった。
僕がチャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』の文庫本を掘り当てたのは、
そうした脈絡のさなかだった。カバーが外れていかにも古ぼけた本が、ガラクタと成り果
てた玩具とともに段ボール箱に無造作に放り込まれていたのをみつけたのだ。今日が大晦
日であることを勘案すれば、クリスマスは一週間前のことだ。極めてタイムリーに時機を
逸したその本は、あらゆる意味で異分子感を放っていて、かえって放っておけなくなって
しまった。
手持ちぶさたになると喫茶店に通う習慣は、高校時代末期からのものだ。もっとも、高
校生だったころは単に無聊を持て余したという理由以上に、気詰まりな大学受験の空気か
ら抜け出したいというより積極的な動機があったように思う。とはいえ、受験を控えた
シーズンに純粋にサボりのために外出するのはそれはそれで気が咎めたため、もっぱら英
単語の暗記などのために時間を費やした。
部屋の掃除を中途半端に完了させた僕は、『クリスマス・キャロル』の文庫本を片手に、
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