937:トイボックス 2/3 ◆D8MoDpzBRE[sage saga]
2014/01/05(日) 02:42:02.37 ID:Qp8iJvgzo
大晦日なのにそれなりに繁盛している駅前の喫茶店へ向かった。本自体、コーヒーを片手
に読書するのにはちょうど良い厚さである。それに、別に完読する必要も無かった。
窓際のカウンター席に腰を下ろす。東京と違って、店内のスペースは心持ち広めに設計
されていて、このささやかな違いをありがたいと思う。当時と何も変わっていない。少な
くともこの店の雰囲気は、僕の心根に鬱積したあれこれを解きほぐしてくるようなゆった
りとしたあの感じは、変わっていなかった。
実際に訪れてみると、色々と記憶が刺激されて、思い出すこともある。高校時代、僕に
は完全にプラトニックな関係に終わった恋人がいた。眼鏡をかけた色白の大人しい女の子
だった。つきあい始めたきっかけは、勉強のことでいろいろ教え合うようになって、図書
館からの帰り道で僕がつきあおうと声をかけたことだ。彼女になんて応えられたかは覚え
ていない。ただ日が暮れたにもかかわらず異様に蒸し暑くて、隣の車道をひっきりなしに
車が往来していたような気がする。
僕がこの喫茶店に通うようになったのも、思えば彼女に教えてもらったのがきっかけだ。
しかしながら、彼女とこの店を訪れたことは数えるほどしかない。そもそもここは、地元
の高校生が行き着けるような店ではない。繁華街のマクドナルドか、スターバックスが精々
だ。僕たちの間に会話は少なかった。向かい合わせに座って、黙々と勉強して過ごすうち
に夜になっていた、そんな感じだったと思う。
今思えば不可解なほどに、僕たちの交際は人目を憚ってのものだった。下校するときも、
敢えて学校から離れた場所で待ち合わせたものだ。デートらしいデートも数えるほどしか
していない。僕たちはどのような過程を経て別れたのだろう。それに関してはもう、思い
出せなかった。
ここのところ、記憶の俎上に上ることもなかった人だ。ここら辺が地元のはずだから、
ふと、この場所に現れても不思議はないのだな、と思った。
『クリスマス・キャロル』を読み終える。最後に読んだのは、恐らくは中学生の頃だった
と思われる。自信は無い。話の筋はおろか、スクルージという主人公の名前すら忘れてい
たくらいだ。吝嗇家が再生を果たす物語。一言でまとめてしまうとそう言うことだ。何事
もそうやってまとめられ、しまいには忘れられていく。
コーヒーの最後の一口はひどくぬるく、口直しをしたい気分に襲われた。家に帰れば紅
白歌合戦が始まるのだろう。そして日が昇っておせちやら雑煮やらが振る舞われる、テン
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