11: ◆wPpbvtoDhE
2013/07/15(月) 18:55:18.25 ID:uzaH7YtN0
「そろそろ一週間だけど、ちょっとは慣れたようだねぇ」
「んー……慣れたんですかね?」
まだまだ甘いよ。としたり顔のハルに対し、一砂は畏まり気味に答える。
仕事終わりに杏子さんが淹れてくれる珈琲は、高校生の一砂にでもわかるほど美味しいものだ。
「初めて仕事するほうにしては覚えが良いと思うわよ。ハルちゃんなんて最初えらくテンパってたんだから」
クスクスと笑う杏子に、ハルはムッとしながら抗弁していた。
その様子を見ながら一砂も笑う。
履歴書の生年月日は、一年だけ訂正しておいた。
あの日、間違いなく何かがおかしいと気づく。
学校の友人にでも誕生日の話題を振れば、確実に焦点が浮き彫りになる。木下や八重樫に直接訊いてしまえば尚更だろう。
しかし、それがどうしても怖くて実行に移せない。記憶の底に……思い出してはいけないことがある。そんな気がしたのだ。
「ハルさん。俺、もっと頑張りますから」
「そ、そっか。それならいいのだよ一砂」
えらく丁重な一砂の返答に、ハルも大人の対応を見せる。少し拍子を抜かれた様子で。
一砂はこの現状に身を置くことが、考えることを放棄して流れに身を委ねることに、とても安堵していた。
可能性は二つ。「空白の一年」と「戸籍上のミス」。後者であることを一砂は望んでいる。
しかし、重症を負って入院していたという、記憶すら曖昧な過去がよりいっそうの不安を駆り立てた。
これ以上考えるのは危険だと本能がシグナルを出している。
それなら……何も考えずに、この空間で新たなモノを手にするほうが気楽でいい。そう思った。
「でもなんだろ……一砂君ってさ、少しミステリアスな雰囲気あるわよね」
唐突に振られた杏子の言葉に、一砂は表情に出さないよう身構える。
「そう、ですかね。普通のコーコーセーだと思ってますけど。自分では」
「杏子さんー。ミステリアス担当はアタシです!!」
「……ははっ」
不安を駆る話題を一掃するようなハルの意見に、一砂は笑いを零す。
「あっ、馬鹿にしたでしょ?」
「してませんよ!!してません!!」
こんな日々が続けばいいなと、そう思っていた。
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