121: ◆bsVOk5U9Es
2014/02/11(火) 23:04:38.33 ID:jqoNS2MWo
「珍しいこともあるもんだ。」
道を譲った男性は目を丸くしながら言います。
「一日に二人も来るとはねぇ。しかもクロが連れてきた訳でもないみたいだし。」
彼に続くようにして口を開いた店主にも、やはり驚きの色が浮かんでいるようでした。
彼らの口振りからすれば常連の方ではないらしく、黒猫ちゃんの力も借りずにここまで来たのでしょう。
そう考えてみると二人の反応にも頷けます。通い慣れていないお客さんというのは本当に珍しいようです。
事情を知らぬ女性はというと、当然のように店主と男性との反応に首を傾げておりました。
渦中の彼女はまだ若い方です。歳で言えば私よりも一つか二つくらい上といったところでしょう。
藍色に近い髪を肩上程に切り揃えていますが、前髪の辺りからはぴょんと一房飛び出しており、それが何とも可愛らしくあります。
「何か、食べるかい?」
店主は彼女へと問いかけます。
少し迷った素振りをした彼女は「何があるのでしょう」と返しました。
「何でもある。」
「何でもありますよ。」
図らずとも揃った言葉に私と男性は笑い合います。
彼はまた少年のようにニカッと。私もそれを真似て。
女性は不思議そうに私たちを見比べ、店主はやれやれと肩を竦めたようでした。
「何でもですか?」
「そう。何でも。」
どこかで見たようなやり取りを繰り広げる店主と女性の横で、男性が財布を開くのを見た私は彼に声をかけることにしました。
「払われるんですか?」
「ああ。さっきも言ったろう?」
「はい。……それでなんですけど、私に払わせて貰えませんか?」
「俺が言うのもなんだが、返ってくる保証なんてないぞ?」
「それでも良いんです。返ってこようがこまいが、きっとどうでもいいのでしょう?」
私の言葉に彼は我が意を得たりとばかりに笑います。
「それなら俺が言うことは何もねェ。」
指先を丸め、男性は軽く腕を掲げます。
私が小首を傾げれば「乾杯だ」と言いました。
それを聞き、改めてと彼の手を見てみれば、確かに見えないグラスを握っているかのようで。
「何にしましょう」と私もグラスを形作るようにして掲げます。
「新たな住人に、かな。」
「それは良いですね。」
「ン、それじゃあ。」
「新たな住人に。」
ちりん、と私たちは確かに打ち合う音を聞いたのでした。
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