129: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2014/03/21(金) 11:42:41.69 ID:pa8+cNPho
男性が去った後、私は「お幾らですか」と店主に問いかけます。
彼は既に仕事を終えたらしく、先程の女性の前にはサンドウィッチが並べられておりました。
「幾らでも良いよ。ウチは値段を決めてないんだ。お勘定はいつもお客さんの気持ちだよ。」
聞きようによっては些かズルいお話ですが、ご主人が言えば不思議と腑に落ちていくのでした。
それならと取り出したるは野口さん。
渡す相手がえびす様なのですから少々奮発です。
千円札を一枚手渡し、お店を出ようとすると店主は私を引き留めます。
「まぁ待ちなさい。帰るのなら彼女と一緒にするといい。」
彼女、というのは先程の女性のことでしょう。
美味しそうにサンドイッチを頬張る姿は中々に可愛らしいものがありました。
何故、と言いたげな私の視線に、「迷ったら大変だろう」と店主は答えます。
「迷う、ですか?」
「ああ。お嬢ちゃんはクロについてきたんだろう。 一人で帰れるのかい?」
そう言われてみれば確かに心許ないものがございます。
ブロック塀の迷路に破れた生け垣と、ちょっとした冒険のような往路を思い返し、私は彼女の隣へ腰を落ち着けるのでした。
「こんにちは。」
花咲くように綻んで、彼女は言います。
自然とこちらまで笑顔になってしまう、心がぽかぽかとするような笑みでした。
「いいお店ですね。」
古臭くもどこか温かみを感じる木造の店内。
表面に細かい傷を数え切れない程に刻む、鈍とした光沢を放つカウンターを慈しむように撫でながら。
その女性は言いました。
「はい、とても。こんなお店に辿りつけるなんてとってもラッキーです。」
黒猫の髪留めを思い、私は言葉を返します。
そしてこの、あみだくじのような、網目のような、そんな糸を辿るかの如き巡り合わせを、二人に話してみたくなったのでした。
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