14:一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.[saga]
2013/08/30(金) 23:04:51.15 ID:aFfio2WDo
「勇者が到着した、だと?」
王弟の呟きに騎士団長が応える。
「今更、今頃になって……!」
今更、今頃。そう、そうなのである。通常魔王が降臨すれば通常は一、二年の間に勇者に女神の加護が与えられるもの。そう、伝えられている。それが、今回は五年の長きに渡って現れなかった。
故に王国は総力を挙げて魔王軍に当たったのだ。当初は随分押し込まれ、幾多の犠牲があった。だが、戦術を研ぎ澄まし、装備を整えて、魔王の住まう城までほど近いところまで迫っているのだ。それで、今更勇者、だと!
憤りを抑え、つとめて冷静に言葉を発する。発しようとする。
「問題は如何に軍に組み込むかということですな。正直素人に毛が生えたようなものでしょう。作戦行動に支障をきたすわけにはまいりません」
「兵卒として扱えばよろしい。肉壁くらいにはなりましょうよ」
喧々諤々と勇者の扱いについて議論が湧き上がる。が、いずれも勇者に好意的なものではない。なんとなれば王国の盾として、人類の矛としてこれまで戦ってきたと云う矜持が彼らにはあるからして。
「ふうん?思ったより立派なんだね。最前線とはいっても、えらーい人がいるとこんなふうになるのかー」
場違いな、少女の声が響く。
「ゆ、勇者様をお連れいたしました」
慌てたように兵卒が事情を説明する。
「ご苦労。そして地獄にようこそ、勇者よ」
勇者は無言でその言葉の主である王弟を見る。長年軍を掌握しており、利権を貪るだけではない。きっちりと魔王軍相手に優位に戦況を構築したその手腕は褒められるものであろう。
だが、勇者の感想は実にシンプルなものであった。
「悪人顔だなあ。王子君とは大違いだよ。うん、がっかりだなあ。次の王様が貴方だなんて。うん、がーっかり」
場が凍る。まさかの暴言。さしもの王弟も言葉を失う。
「――貴様は明日から一兵卒として軍に編入されるのだ。そして。その無礼看過できん!
修正してやる!」
騎士団長が一歩踏み出し拳を振りかぶる。
「それとね?」
その動きに気づかぬのか勇者は言葉を続ける。
「舐めるな!」
騎士団長は振り上げた拳を振り下ろす。多少痛い目を見ないと分からないようだ、と苦い思いを内包しながら。
「なん……だと……」
騎士団長の振り下ろした拳は、その動きを封じられていた。それも指先一つで。
「足手まといなんだよ」
やれやれ、と嘆息しながら勇者はとん、と騎士団長を押す。これまた指先一つで。
「ぬわぁ!」
それだけで騎士団長は派手に吹っ飛んでしまう。
その有様に場はしん、と静まりかえる。
騎士団長は断じて血のみでその地位を得たのではない。それに相応しいだけの実力を持っている、王国でも三本の指に入るであろう剣士であるのだ。その剣技の冴えは、飛んでいる燕さえ切り落とすことができると言われているほどのもの。
その騎士団長を容易く吹き飛ばした勇者。それをどう考えればいいのか。
「まあ、老若男女、一切合財を脅かす魔王。それを倒すのが私のおしごと。
いやあ、孤立無援というのは慣れてても楽しいもんじゃないなー」
くすくす、と笑って勇者は悠然と歩き出す。目線を上げたまま。
数十分歩いたろうか。
眼前を埋め尽くすその軍勢。その威容。まあ、よくぞこれまで戦線を支えてきたものだなあと勇者は思う。
何となれば、眼前の敵軍と後方の友軍の戦力分析をすれば。
「もって、一時間。かなあ……」
まあ、自分には関係ないことであると勇者は思考を切り替える。
見たところ十数万の魔物。それを殲滅するのだ。全く、悩ましいことだ。
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