3:一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.[saga]
2013/08/28(水) 22:28:00.02 ID:zmsfoMalo
「勇者よ。魔王を、倒すのだぞ」
謁見の間。響く王の声に勇者は是、と応えて深々と頭を下げる。
それで終わりである。後は魔王を倒すだけ。
「待たんか、阿呆が」
刺々しい声が彼女の歩みを止める。用は終わったはず。怪訝な表情を浮かべた勇者に声をかけたのはこの国の王子である。
「貴様、そんなみすぼらしい恰好で旅立つ気か?」
勇者ははて、と首をかしげる。彼女にとってはこれが正装なのである。元修道女である彼女は変わらず修道服を身に纏っている。清貧を旨とするのだ、他に服の持ち合わせなぞない。そしてその下には育ての親である神父がかつて身に纏っていた鎖帷子を身に付けている。完全武装と言っていいだろう。
「得物、これをやる」
王子はそう言って帯剣していたそれを鞘ごと放り投げる。
「あ……」
反射的に勇者はそれを受け取る。でも、これは受け取れない。
「だ、駄目だよ。これはだって王家の宝剣……」
「フン、それくらいないと勇者と言っても誰も信じないだろうが。それは我が国の沽券に係わる」
言い募る勇者に王子は更に嵌めていた指輪を投げつける。
「大体貴様、どうするつもりだったのだ?路銀の当てなぞなかろうに。迷惑なのだよ。勇者が行き倒れとなるなぞ、な。勇者を後援する我が国の沽券に係わる。どうせ教会に寝泊まりすればいいなぞと思っていたのだろうが」
図星である。勇者とはいえ数日前までは一介の修道女。であれば教会に頼ろうというのはごく自然な発想ではあるのだ。
「その指輪。刻まれた王家の紋章があればどこに行っても貴様は何不自由なく物資を整えられるしどんな高級な宿にだって泊まれる。くれぐれも野宿とかみすぼらしいことはするなよ」
「わ、ゆ、指輪?そんな、いいの?」
わたわた、と勇者は狼狽する。そんなもの、貰ってもいいのか、と。
「俺が俺の意思でいいと言った。くどい」
「……うん」
きゅ、と大事そうにその指輪を胸に抱きしめてから勇者は室を辞する。
「王子くん……好き。大好き。好き。好き。好き。好き。好き。大好き。やっぱり王子くんは優しいなあ。駄目だなあ。大好きだ。もう、大好き」
そう、きっと自分は彼の為に生まれてきたのだ。だったらこの命、彼の為に使おう。
勇者は決意も新たにいよいよ旅立つのであった。
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