51:以下、新鯖からお送りいたします[sage]
2013/09/04(水) 20:06:31.15 ID:bKqi92pu0
「ふぅ……」
再生医療の進歩で年寄りが老眼に苦しめられることはなくなったが、
なんだかんだで老いというやつはいまだ人類にこびりついて消える気配を見せない。
人類はあたりまえに死に、あたりまえに生まれてくることで全体のバランスをとっている。
俺のプロデューサー人生最後の仕事も、今やっと完成したところだ。
今や世界中でその名を知らぬ者はいないと言われる「アイドル・四条貴音」だが、
その生涯がどうもミステリアスでつかみ所にかけるので、
試しに本人でなくこいつに書かせてみようと白羽の矢が立ったのはもう十年くらい前ではないか。
体調を考慮しつつも貴音は可能な限り仕事を受けていたので、
俺もまたプロデューサーとして忙しく、実際の執筆は遅々として進まなかった。
結局、腰を据えて執筆に取りかかれるようになったのは一年前に俺が倒れてしまってからだ。
貴音もあれ以降、全ての仕事をすっぱりと断ってしまい、
今の俺たちの人生では初めて、夫婦水いらずゆったりとした時間を楽しんでいる。
俺の身体は、本来であればなにをするにも激痛を伴い、寝たきりでいるしかない状態らしいのだが、
医学の進歩が間に合ってくれたおかげで、俺はほとんど痛みを感じないでいられる。
歩行器で室内を徘徊するくらいのことはできるし、頑張れば屋外を徘徊することもできるだろう。
治療の副作用で、熱すぎるお茶を飲んでも全く気がつかなかったりするのだが
貴音にふーふーして貰ってから飲むお茶は格別に美味しいので、特に問題はない。
先日原稿が完成しそうであるという連絡をしたら、編集者に驚かれた。
もう完成しないだろうとおもわれていたようだが、それは心外というものだ。
俺はやるべき仕事はきっちり終わらせるのである。
明日編集者に原稿を渡して終了だ。書き直す時間は残っていない。
本来のコンセプトに逆行するようなことを言うが、
この本は貴音の人生にあるミステリーを解き明かすものではない。
俺の書いた内容は、俺と貴音からみればまごうかたなき真実なのだが、
周りからみればまあほんとかどうかわからん内容になってしまうのだ。
結局ミステリアスさは貴音の魅力のひとつであって
読者も本当っぽさなどさして望んでいないことと思う。
この本が次の俺たちの目に止まってくれれば幸いである。
俺が書いた本なのだから、俺が読めばわかってくれるのではないか。
自分たちがなぜここまで幸せでいられるのかと。
ゆっくりと襖が開き、貴音が部屋に入ってくる。
世間の若造にとってはそりゃあ若いころの貴音の方が綺麗に見えるだろうが、
俺には皺が一本増えるたびさらに美人になっていったとしか感じられない。
つまり今が一番美しい。
明日はたぶん、もっと美しい。
55Res/70.78 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
板[3] 1-[1] l20
このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
もう書き込みできません。