5:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2013/11/22(金) 11:02:44.70 ID:/SL6zkYoo
 アナウンスが響く。もうすぐ目的地だ。 
 今回は街中の小さな旅館に宿をとってある。学生向けのプランを申し込んだため、格安な点が嬉しい。 
 その街は自然豊かで近くには温泉もあるというし、自然に囲まれて湯治と洒落込むのも大変良い。 
 電車の速度がゆっくりと落ちていく。じきに扉が開く。 
 一歩踏み出せば、そこが旅の始まりだ。今回の旅は1泊2日で、普段の旅に比べれば期間は短く、小旅行といって良い。 
6:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2013/11/22(金) 11:04:35.07 ID:/SL6zkYoo
 深呼吸をすると、自然の豊かさを感じさせる清冽な空気が肺に流れ込む。 
 永く電車に揺られた体にやさしく行きわたり、代わりに古い空気が大気へ放出される。 
 空気がおいしいとは、きっとこういうことをいうのだろう。 
  
 いささか古びた駅を出れば、予想以上に賑わいも豊かな街だと八幡には感じられた。 
7:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2013/11/22(金) 11:05:58.06 ID:/SL6zkYoo
 さてどうしたものかと考える。時間にして10時をすこし過ぎたところだ。 
 昼には早すぎる。朝は家で食べてきた。やはりここは素直にチェックインを行うべきか。 
 予約した旅館はたしか、駅から10分ほどの近場だったはずだ。 
  
 近くに設置してある地図を見る。 
8:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2013/11/22(金) 11:06:55.32 ID:/SL6zkYoo
 地図で旅館の場所を確認して、八幡はとりあえず歩き出した。 
 緩やかな坂を下って行けば、楚々と流れる小川を渡れるよう、等間隔で橋が架かっている。 
 川に沿った道にも土産物屋やら定食屋が並び、標識には川を沿って進めば温泉処があると書いてある。 
  
 橋の中央に立ち、スマートフォンの写真機能を立ち上げる。 
9:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2013/11/22(金) 11:07:35.00 ID:/SL6zkYoo
 橋を渡り、さらに小路をいくらか歩いた末にたどり着いた旅館は木造作りで、写真で見るよりも立派に見えた。 
 その辺のことにはあまり期待していなかった八幡にしてみれば、棚から牡丹餅といったところである。 
 中に入ってみるとやはりというべきか、全体的に木造を前面に押し出した、いかにも和風という落ち着いた印象を受ける内観だった。 
  
 受付でチェックインを済ませ、部屋へと案内される。 
10:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2013/11/22(金) 11:08:25.37 ID:/SL6zkYoo
 ふと、かつてのクラスメートたちを思い浮かべる。 
 あの頃はひたすらに欺瞞に満ちていると嫌悪して近寄ろうとしなかった集団だったが、彼らは彼らで、欺瞞すら受け入れてでもその関係を構築して維持していた。 
  
 それはおそらく彼らなりの嘘偽りのない本音の関係だったのだろう。 
 八幡は今でももちろん集団行動が苦手で、あの手の連中に近づくなどまっぴらごめんだと胸を張って宣言できる。 
11:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2013/11/22(金) 11:09:46.56 ID:/SL6zkYoo
 木造の階段を昇り、2階へと上がる。 
 案内された部屋はやはり和風で、掛け軸に花瓶、大きな机にポット、茶葉と盆に置かれたいくつかの湯呑が見える。 
 座布団は部屋の隅に重ねて置かれており、貴重品入れであろう金庫が掛け軸の右隣にある。 
 金庫の上にはテレビが置かれ、さらに電話が乗せられている。 
 全体を見渡しても明らかに複数人が悠々と過ごせる大きさであり、学生一人にはいささか過ぎた広さではあった。 
12:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2013/11/22(金) 11:10:36.60 ID:/SL6zkYoo
 ごゆっくり、と仲居が部屋を離れると、八幡は荷を部屋の隅に置き、座布団を机の前に敷いてそこに座る。 
  
 とりあえず茶葉を急須にいれ、ポットの湯を入れる。 
 茶ができあがるまで、少し時間がかかる。その間に先ほど撮った写真を添付したメールを妹へ送り、そういえば、と思い立つ。 
  
13:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2013/11/22(金) 11:11:11.57 ID:/SL6zkYoo
 宿について荷物を降ろし、窓を開けてそこからの眺めを目に入れるこの瞬間を、八幡はひどく好いていた。 
  
 仮の宿から眺める風景は、日常とは明らかに違う、見たことのない世界を実感させてくれる。 
 自分は今旅人なのだと、確かに伝わってくるある種の衝撃。 
 精神が新鮮な刺激に喜び跳ねる感覚は、どれだけ旅を繰り返しても変わらない感動を与えてくれる。 
14:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2013/11/22(金) 11:12:13.94 ID:/SL6zkYoo
 しばらく風景を眺め、頃合を見計らって机にもどる。 
 湯呑に茶を移せば、ちょうど良いと思える色合いの緑茶が注がれていく。少し冷ましてから静かに啜る。 
 熱い茶が喉を通り、体全体を暖める。 
 ここにきてようやく一息つけた気がして、八幡は力を抜いた。 
  
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