4:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[saga sage]
2014/03/10(月) 12:26:44.90 ID:ZI/zw+4DO
 〜 崖下 〜 
  
 少女「あ、ぐぇ……っ!」 
  
  泥の山を掻き分け、這いずり出ては口から泥を吐き出す。 
  何が起こったのか理解出来なかった。 
  轟音と衝撃に襲われたと思えば泥の中。 
  泥だらけの顔を降り続ける雨水で拭って振り返ってみれば、今まで自分が乗っていたはずの幌馬車が泥土と岩に押し潰されていた。 
  唖然とする少女だが、そこでやっと自分たちが土砂崩れに巻き込まれたと解を得た。 
  
 「は、はやく助けないと……」 
  
  意識の混濁する頭を押さえながら立ち上がろうとするが、上手く立ち上がれない。身体が痺れている。 
  何の気なしに、本当に何の気なしに自分の身体に目を落とし、そこで少女は言葉を失った。 
  自分の両脚の膝から下が無くなっていた。 
  泥水に汚れた脚はねじ切った不揃いな断面に砕けた骨の白と血肉の赤を覗かせ、端にボロ布のようになった皮を垂らしているだけ。足首も指もどこにも無い。 
  
 少女「……」 
  
  豪雨に晒されながら愕然と、変わり果てた自分の両脚を眺め続ける。 
  痺れた切断面にジリジリと痛みと熱が宿り始める。 
  コレは現実なのだと、夢では無いのだと、ノコギリで削られるような激痛を以て身体が執拗に訴え始めたところで、固まっていた少女はやっと動き始めた。 
  
 少女「あ、ああ……、あああぁぁぁぁーッ!!」 
  
  今まで出したことの無い悲鳴を上げながら、少女は潰れた馬車の残骸に背を向けてその場から逃げ出した。 
  泥の飛沫を撒き散らし、豪雨で全身水浸しになりながら全力で這って逃げ出した。 
  逃げるうちに、おぼろげだった頭から霧が吹き飛び、さっきまで気が付かなかった自分の状況が目に飛び込んできた。 
  絶望的としか言い様の無い光景だった。 
  腹は破れて腸が飛び出し、左腕はあらぬ方向に曲がっている。 
  胸はずきずきと痛み、吐く息にはおびただしい量の血が混じっていた。 
  そして、それらを納める視界は左半分ほどしか機能していなかった。顔がどうなっているか少女には怖くて確かめようもない。 
  少女は這いずり逃げながら泣き叫んだ。 
  
 少女「助けて! 助けてッ! お父さん! お母さん!」 
  
  何度も何度も、自分を売ったはずの両親の名を叫びながら助けを求めた。 
  
 少女「お父さん! お母さん!」 
  
  しかし両親の助けはあるはずも無く、降り続く雨に打たれた少女の身体は氷のように冷えきり、血はとめどなく腹から溢れて少女の這った跡を地面に赤い筋となって残した。 
  どれほど進んだか、命を削りながらの逃避も唐突に終わりを迎える。 
  少女の視界が徐々に狭まり始めた。 
  また急速に少女の身体から力が抜けていく。 
  痛覚、聴覚、あらゆる感覚が遠退いていく。 
  満身創痍の身体が限界を迎えたのだ。 
  それでも少女は必死に折れた腕を動かして身体を前進させようとするが、身体は言うことを聞いてくれず、力尽きて泥の中に倒れこんだ。 
  破れた肺が呼吸を止める。 
  心臓の鼓動が消えていく。 
  終わる。すべてが終わる。 
  死の間際、少女は最後の力を振り絞って虚空に手を伸ばした。 
  怖かった。 
  孤独に死ぬという事が、一人で恐怖を抱えたまま消えてしまう事が怖かった。 
  誰でもよかった。傍にいて欲しかった。たったそれだけで救われた。 
  だから自分の前にその影が現れたのを見たとき、それが何なのか、果たして実像か幻影かも分からないままに少女は救いと確信して安堵に頬を緩めた。 
  
 少女「……あ、りが……とう……」 
  
  虚ろな瞳で少女が最後に伸ばした手は何も掴まずに空を切った。 
  かすれた声でつぶやいた感謝の言葉は、どうどうと降り続ける雨に埋もれて泡沫のように消えていった。 
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